Episode41-1 新たな攻略対象者の登場
おでこ三針、頬の打撲には一昔前の虫歯患者のように保冷剤をあてて包帯を頭から顎にかけてグルグル巻きに固定され、腕の痺れにはマッサージ、左膝の擦り傷は消毒液をたっぷり塗られて大きめの絆創膏の上にガーゼを巻かれている。はいこれ私の現状。
結果、上記に述べた私の負傷は総合して全治二週間と診断が下された。
病院帰りのタクシーの中、隣に座っているお兄様からはあれから何も話し掛けられず、ただ強く手を繋がれている。隣からの無言の圧にビクつく私は、チラチラと様子を窺いながらも話し掛けられずにいた。
……ど、どうしよう。怒ってるよね、これ。
かつて一度だけお父様を監視していた時に怒られた時とは、また違う迫力が漂っている。
令嬢らしくない行動をしたから?
怪我をしたから?
「お、お兄様」
勇気を出して話し掛けたのに、前を向いたまま無言を貫くお兄様にちょっぴり涙目になる。
嫌われた? 百合宮家の長女として落第?
もう、優しい目で見てくれない? 大好きなお兄様を、失望させた……?
「……ふえぇ~」
「っ!? えっ」
突然泣き声を上げたからか、驚いたように振り向いたお兄様が涙を流している私を見てギョッとした。
「ごめんなさいいぃぃ~。嫌いになっちゃやだああぁぁぁ~」
「え、何で。僕がお前を嫌うわけがないから」
「だって、だってお話してくれないし、ふえっ、こっち見てくれないいぃぃ~」
切々と訴えを聞いたお兄様は困ったような顔を苦笑させて、頭を撫でてくる。
「ごめん、ちょっと考え事してたから。ほら泣かないで」
頭を撫でられながらそっと抱きしめられると安心するけど、本当に怒ってない?
「うっ、ぐすっ。お兄様、怒ってない?」
「うん、怒ってるよ?」
「……」
見上げたお兄様はにっこりと、深い笑みを浮かべている。
「まぁ詳しい話は戻ってから聞くけど。何で僕が怒っているかは、もちろん分かるよね?」
「えっと。えっと……?」
色々思い当たることが多すぎて分からないです。
あ。やっぱり家格差があっても、同じファヴォリに入っている家の子と対立したのは不味かったのかなぁ。今回のことでお兄様の交友関係に波が立ったらどうしよう!
「あ、あの。私、百合宮の長女なのにお兄様の顔に泥を」
「は?」
優しい声から一転、低くドスの効いた声が発せられてビクッとしてしまう。
うわーん、何で今日お兄様こんなに怖いの!?
「あのな、そんなことどうでもいいから。家に帰るまでに考えておいて。僕からの宿題」
不機嫌に言うお兄様にオロオロしていると、タクシーの助手席に座っている五十嵐担任が「ははっ」と笑った。ルームミラーの鏡に映る私達を見ながら話し掛けてくる。
「百合宮のところは兄妹仲良しだな! 宿題解けるといいな」
「はい、頑張ります」
「違ってたらお仕置きだから」
「えっ」
不穏な言葉にお兄様を見つめるが、お兄様は五十嵐担任と会話を始めてしまった。
話の内容よりもお仕置きの方が怖すぎて気になる。
イヤーお仕置きイヤー!
必死に記憶を巡らして怒りの原因を探している間に、ルルグゆとり公園に戻ってきた私達はタクシーを降りて少し歩く。
皆どこにいるのかな?
あんまり心配せずにいてくれると良いんだけど。
「花蓮ちゃん!」
たっくんの呼び声に聞こえた方角を見ると、ちょうど木陰になっている木製のテーブル席に班員の皆と美人さん、そして例の人物たちが揃っていた。
え、何で一緒にいるの?
困惑しながらも微笑んでお兄様と一緒にそちらへ向かうと、立ち上がった班員皆に周りを囲まれる。
皆痛々しい姿の私に心配して状態を聞いてくるので、見た目より全然大丈夫だということを伝えた。
それでも相田さんだけは涙目で謝ってくるので、ちょっと困ってしまった。
「ごめんね、ごめんね。私があんなことしなきゃ、百合宮さんは怪我しなかったのに」
「相田さんのせいじゃありませんよ。人一人支えきれない私の筋力の問題ですから、そんなに自分を責めないでください」
「いや、そういう問題じゃないって。元はと言えば俺がポール避けれずに頭ぶつけたから」
「後ろから倒れて避けれる方がびっくりだよ! もう謝るのは終わりにして、早く花蓮ちゃんを座らせてあげようよ」
裏エースくんに突っ込んだたっくんが私の手を引いて、先程まで皆が座っていたテーブルへと連れていく。後ろでトボトボと付いてくる二人に苦笑し、全員揃った状態でテーブルを囲んだ。
お兄様は私が囲まれている間に既に美人さんの隣に座っており、そんな私達を微笑んで見ている。と、隣の美人さんと目が合った。
「せっかくの遠足日和なのに災難だったね。大丈夫?」
「あ、はい。あの、お借りしたハンカチですが、新しいものを贈らせていただきますね」
「あーそんなの気にしないで。あげるよ」
「でも」
困ってお兄様をチラッと見ると、「貰っておきなさい」と言われてしまったので、断れずそれならと貰っておくことにする。
そして美人さんはにっこり笑って、じっとお兄様を見つめ始めた。隣でその直接過ぎる視線に気づかないはずもなく、お兄様が首を傾げて視線の意味を問う。
「なに?」
「え? 紹介してくれないのかなって思って。何か勝手に自己紹介したら怒られそうだし」
「……何でそんなことで僕が怒るんだよ」
「あ、それは怒らないんだ」
目を丸くしておどけた様に反応する美人さんにちょっと目を眇め、気を取り直したお兄様が紹介をし始める。
「花蓮。僕の隣に座っているのが友人の佳月。で、もう分かっていると思うけど僕の妹の花蓮」
「うわー酷いな。今後百合宮家にも遊びにお邪魔するかもしれないし、よろしくね花蓮ちゃん」
「えと、よろしくお願いします。佳月さま」
随分あっさりな紹介の仕方に少しびっくり。
お友達の美人さんこと佳月さまは苦笑して、お互いの紹介を終えた……あっ。
「あの! もしかしてお兄様のお友達ということはリーhもごっ」
「それチェリッシオのチョコなんだ。美味しい?」
佳月さまにリーフさんのお兄さんであるかを確認したかったのに、突然口の中に入れられた何かに邪魔された。微笑んで包み紙を丁寧に畳み感想を聞いてくるお兄様が犯人であるのだが、一体どこから取り出したのか。
……そういえば素性バレしないようにって言われてたっけ。忘れてたわ。
そして仄かな苦味は大人の味で、でもそれを包み込むように甘い層にコーティングされているチョコは、間違いなく美味しかった。




