Episode296-2 修学旅行三日目~追い詰められるリリーベア~
ダメだ。今のところ白鴎はまだマシだと思うが、秋苑寺がこの場においての癌である。
携帯もコイツの手元にあるし、このまま同じ空間に居続ける気力もそろそろ尽きかけている。ロイヤルミルクティーで一時癒された胃も、いつストレスでキリキリし出すか知れない。
もう本当に他の香桜生でも聖天生の誰でもいいから、この状況を何とかしてくれる――――
『……何かあったら掛けてこい』
――キャラメルラテから仄かに漂う甘い香りが、唐突に昨日の夜の記憶を呼び起こした。
…………緋凰なら、この場から連れ出してくれるかもしれない。コイツらにとったら同じ聖天生でファヴォリでもあるし、相手が相手なので迷子の引き渡しを渋ることはないだろう。
一度そう考えてしまうとそれ以外の良案が思い浮かばず、本人も掛けてこいと言っていたので、意を決して再び秋苑寺へ携帯の返還を要求する。
「私の携帯、返して頂けますか?」
「また?」
「いえ、一応そちらの学院の生徒に知り合いがおりまして。これ以上お二人のお時間を私に割いて頂くのもご迷惑になるかと思いますし。それに一人だと心配と仰るのであれば、付き添いをその方に代わって頂けると、貴方がたも安心されるのではありませんか?」
そう提案すると秋苑寺の片眉が僅かに上がり、白鴎の眉間にもどことなく皺が寄ったように見えた。
数秒にも満たないことだったので、見間違いかもしれないが。
「へえ~、ウチに知り合いいんの? 女子? 男子? あまりにも俺らと一緒に居たくないからってんで、嘘吐いてたりしてない?」
「しておりません。連絡を取らさせて下さい」
「ふうん……。ま、いいよ。どんな生徒がクマ子の知り合いか気になるし。はい」
私の関わり合いたくない気持ちが態度や言葉の端々にも滲んでいたのだと思う。本人もさっき口にしていたが、私のそういった彼等に対して媚びない姿勢が物珍しいからこうして長々と絡んでくるのだろう。
呼べるもんなら呼んでみろという感じでやっと返してもらった携帯画面をアプリから電話帳へと切り替えて、新付き添い人予定である登録名『鬼』をタップして耳に当てる。
移動中なのかすぐには出てもらえず、ずっとプルルルという呼び出し音を聞きながら、若干焦りが生じてきたところで。
『――亀子?』
「あっ、もしもし! やっと出てくれました! すみません、今どちらにいらっしゃいますか? ちょっと今すぐ市内の喫茶店にいる私のことを迎えに来て頂きたいのですが」
『迎えだぁ? つかちょっと待て。いま喫茶店にいるっつったか? お前いま、ウサギの面着けて街中爆走してねぇの? 香桜の制服着てンなことすんのお前くらいしかいねぇと思ったから、今の今まで追い掛けてたんだけどよ』
「はい?」
ウサギ? ウサギのお面…………ぎゃああああああ!! それロッサウサギじゃん! 麗花じゃん!!
何で私もあっちも遭遇しちゃいけない奴らにこうも引っ掛かってんの!!?
「そっ、そそそそそのウサギ仮面は私じゃありません! 私の仲間です! 貴方いまどこにいるんですか!?」
『香桜マジかよ、お前以外にも宇宙人棲息してたんか。……あー。どっちかっつーと、まともだったのがお前と関わって改造されたのか。おいどうすんだ。別人なのに夕紀そのまま追い掛けてったぞ』
「えええええ」
質問に答えてくれないばかりか、在ってはならない現実の状況を知らされて最早愕然とするしかない。
待って? 麗花のことを私だと思って追い掛けてんの!? 春日井が!? ……何だかんだで関わってきそうと思ったことが当たってしまった!!
いや待てよ。緋凰だけでも止められたことは御の字か? 春日井の場合は取り巻きが主に関わってくるばかりで、それらを麗花のせいにされて最後に取り巻きに嵌められて断罪されるのだ。
けど彼女自身は直接春日井と関わって、ヒロイン空子に何か苦言を呈すことはなかった。
……なら春日井が麗花ことロッサウサギを追い掛けていても、そんなに問題はないのでは? 取り巻きの一人とは友達関係になっているし。
「取り敢えず貴方はいま私のことを最優先して下さい。いいですか? 今から場所をお伝えしますので、ちゃんと覚えて下さいね」
『あ? けど夕紀』
「いま大好きっこは横に置いておきなさい! 〇〇通りがあるんですけど、そこから北にいくらか真っ直ぐ進んだらちょっとした小道がありますから、そこに入って下さい。それで近くに…………あれ? 窓の外見てるんですけど、目印になる特徴的な建物が何もないみたいです!」
『要領を得ねぇテキトーな頭悪ぃ説明はいいから、店の名前だけ言え。あと何で他校の俺がお前迎えに行かなきゃなんねーんだよ、面倒くせぇ』
「何かあったら掛けてこいって貴方が言ったんでしょうが! 『榎ノ森のポルカ』という喫茶店さんです! 迷子のお迎えに来て下さい!」
『迷子ォ? ったく、ホント鈍くさ亀だなお前。……まあ○○通りならそう離れてねぇし、行ってやってもいいぜ』
「首を短くしてお待ちしております!」
首を短くとは、そんなに長いこと待てないぞという私の意訳である。
電話を切り、ようやくこのトンデモ状況から抜け出せそうだと一息吐こうとして…………白鴎が口許を片手で覆って顔を逸らしている且つ、テーブルに突っ伏して肩を震わせている秋苑寺の姿が、私の視界に入ってきた。
 




