Episode292-2 修学旅行三日目~離れ離れになる【ズー会】~
一方リリーベアと別れたマムパンジーは御年ピ――歳にも関わらず、未だ追い掛けてくる自分たちの学校の学年主任から逃げ回っていた。
そして彼女は聞き捨てならない言葉を耳にする。
「止まりなさーーい! 菊池 葵ぃーーーー!!」
「!?」
何故チンパンジーのお面を着けているのに正体がバレているのか、彼女にはてんで理解できなかった。
しかしそれはこの三年間で築き上げてきた、マムパンジーとシスターとのある種の信頼関係によって齎されたものなのだと、次に届いてきた叫びで知ることになる。
「我が校に相応しくないっ、そんな振る舞いをするのはっ! 貴女以外におりませーーん!!」
マムパンジーは唖然とした。彼女は理解したのだ。
これはとんでもなく理不尽なことであり、過去の己が彼女に注意され続けてきた、ガサツの歴史が招いたことなのだと。
きっとシスターは四人の正体に気づいている。けれどこうして彼女が自分だけを追い続けているのは、このお面で散策行動の言い出しっぺ首謀者がシスターの中では、イコール自分になっているからなのだ……!
「何でだああぁぁぁっ!!?」
最初から乗り気でなくさすがにお面はどうなのかと思いながらも、止めきれずに流されてしまった自分が悪かったのか。
言い出しっぺはリリーベアで、色々フォローして乗っかったのはロッサウサギで、ピーチネズミはピョンピョン楽しそうに跳ねていた。
……一番何もしていないマムパンジーが、何故に一番の叱り対象になっているのか!
けれどそんな理不尽な現実を察しても彼女は足を止めることなく、逃げ続けるしかなかった。
御年ピ――歳であるにも関わらず、怒りでアドレナリンが放出されまくっているのか一向に諦める気配のないシスターに捕まったが最後、どんな目に遭わされるか分かったもんじゃなかったので。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
そのまた一方で最初に別れて目につく通りをグルグルと回って走り続けていた二人組の逃走劇は、その片方が足を縺れさせて転んでしまったことで一旦の終止符を打った。
「あっ!」
「ピーチ! 大丈夫ですの!?」
あれでもピーチの限界速度に配慮して彼女自身は比較的遅めなスピードで走っていたのだが、相手の疲労限界までは考慮できていなかったのだ。
ステンと転んでしまったピーチが怪我を負っていないか確認するも、思いっきり膝を擦りむいて真っ赤になり、血が流れている状態であった。
「ごめんなさい。私が引っ張っておりましたから」
「ううん。元はと言えば、ピーチが走って逃げちゃったのが悪いの。ロッサちゃんは悪くないよ」
スカートポケットに入れていたハンカチで、一応の応急処置を施し始めるロッサ。
「血が出ているので止まるまで動かさない方がいいですわ。……菌が残ったままだと傷になってしまうかもしれません。近くのドラッグストアで色々買ってきますから、私が戻るまでここで待っていて下さる?」
「うん。……ねぇ、ロッサちゃん」
自動販売機の横に設置されてあった近くのベンチまで移動してピーチを座らせた後、早速動こうとしたロッサに向かって彼女は声を掛けた。
ロッサは足を止めてピーチの話を待つ。
「……桃ね、シスターから逃げちゃったの、本当はもっと皆とこれで歩きたかったからなの。こんな風に四人だけで何かをするのは、学校生活では最後だから。でもこんな怪我して、ロッサちゃんにも迷惑掛けちゃった。ごめんなさい……」
「迷惑なんかじゃありませんわ」
俯かせていた顔を上げたピーチがロッサを見る。
「迷惑だと思っていたら、一緒に走り出してなどおりませんもの」
「麗花ちゃん……」
「すぐに戻ってきますわ。それまでに何かあった時は、すぐ誰かに連絡するのですわよ」
「うん。桃、待ってるね」
一つ頷いて、そうして一番近いドラッグストアを携帯で検索してからロッサは走り出した。――ピーチを一人残して。
一緒に走ってくれた彼女や、今は別れてしまった二人のことを考えていたピーチの前に影が降りかかる。ふとそれに反応して、その事象の正体を確認した彼女はギョッとして身体を揺らした。
「えっと、大丈夫……?」
そんな風に声を掛けてきた相手はピーチの膝に巻かれた血が滲んでいるハンカチを見て、痛そうに顔を歪ませている。
突然のことに心臓がドッドッドッドッと激しく鳴る彼女は明らかに心配してくれている相手に、けれどすぐに答えを返すことはできなかった。
何故ならば、眼鏡をかけてマッシュルームヘアの特徴的な髪型をしている柔和な顔立ちの彼が纏っている制服は――――自身が厭う、許嫁と同じ学校の制服だったから。
無反応のピーチに警戒されていると思ったのか、その有明学園の男子は困ったような表情で話し掛けてきた理由を口にする。
「あ、急に話し掛けてごめんね。怪我しているみたいだし、それに僕の知っている子が君と同じ香桜女学院に通っているから、気になっちゃって」
知っている子と聞いて、少しだけ激しく鳴っていた鼓動が治まる。
ピーチにとって同い年の男子はまだ恐怖の対象だったが、それでも彼女は克服の一歩を踏み出すために口を開こうとした。
「……し、知って…」
「――拓也? もうジュース買えたか?」
開こうとしたが新たな男子の声が彼の背の向こう側から聞こえてきて、なけなしの勇気を振り絞った彼女の口はピタリと閉じてしまう。
「あ、新くん。まだなんだ。足を怪我している香桜生の子が一人でいるから、気になっちゃって」
「香桜生……?」
香桜生?と。そう発せられたのは、目の前にいる男子に問いを投げかけてきた、その男子の声ではなかった。
お面の奥で顔を青褪めさせ、小刻みに身体が震え始めた彼女は察してしまっていた。
その声の主が小学校時代に彼女を理不尽にも虐げ続けてきた、厭わしい自身の許嫁のものだと――……。
 




