Episode289-2 修学旅行二日目~守るということは~
――やっぱり嫌なことだった。
クッと眉間に皺が寄るのを感じながらそっと周囲を窺うと、この階の共有スペースには別クラスの子が数人いるだけ。一応声を潜めて話す。
「函館ですか? それとも、もう移動を?」
『見掛けたのはバスの移動中でだ。札幌入ってすぐの時だったから、そっからまたどっかに移動してるかは知らねぇ』
……ん? バスの移動中に見たの?
「あの、わざわざ注意して見て下さったんですか?」
『たまたま景色見てた時にたまたま視界に入っただけだ。夏にお前がウダウダ言ってんのをたまたま思い出したからだ』
「あ、そうですか。……もしかして春日井さまにもこっちの事情って、言ってます?」
『あ? 何で夕紀が出てくんだ。言ってねぇけど』
「いえ、ちょっと気になっただけです。貴方春日井さま大好きっ子ですから」
もし春日井にも情報共有していたら、何だかんだでこっちのことに関わってきそうだなと思ったのだ。フェミニスト故か私が困って相談しに行った時にもちゃんと話を聞いて、アドバイスもくれたし。
けど、言ってないのか。まあ私個人の事情なら話したかもしれないが、彼等にとっては桃ちゃんのことは知らない人の事情だしね。
『さすがにペラペラ話す内容じゃねーだろ』
「そうですよね。分かりました。情報提供ありがとうございます」
『おい』
「はい?」
感謝の言葉に対する返事がおいとは何事だと思いながら、続きを促すと。
『……何かあったら掛けてこい』
ボソッと聞こえたそれに目を丸くする。
「え? あの、それは」
『じゃあな』
「あっ、ちょ!?」
ブツッと切られた携帯画面を呆けて見つめ、どういう意味なんだと首を捻る。
一体何を思っての発言なのかさっぱりだ。緋凰の考えていることはよう分からん。掛けてこいって言われても、桃ちゃんにもしもがあった時に何とかしてくれる気なんだろうか? アイツそういうタイプじゃない筈だけど。
それとも、と頭上に電球マークが浮かぶ。
お父様の件で私に貸し一つできているって、そう考えているのかもしれない。だから私に協力的なんだろうか? ……ううん? でもそれって、私の受験対策合宿でイーブンでは?
発言の意味についてうーんと思考していると、ポンと肩を叩かれた。ビクッとして振り向くと、きくっちーと桃ちゃんが一緒にいる。
「一人で何してんの?」
「桃たち、明日のこと話してたの。花蓮ちゃんは?」
「えと、ちょっと一人になりたい気分だったから。ここで景色見てたの」
「それ、調べもの?」
きくっちーが私の手に携帯があるのを見てそう聞いてきたが、ううんと首を振る。
「知り合いから連絡がきて、ちょっと話してたんだ」
すると桃ちゃんがパッと顔を輝かせた。
「もしかして好きな人から!? 自主研修中に違う学校の人を見たから、その人のところともかち合って連絡くれたの?」
「えっ、そうなのか!?」
いや、全然違います。そもそも裏エースくんと連絡先の交換もできる環境にないし…………あっ!? たっくんと会った時に、たっくんの番号聞いておけば良かった!?
あああっ!! たっくん経由で裏エースくんの入手しとけば良かった!!
超絶遅すぎる今更なことに気がついて特大ショックを受けるも、面に出さないように何とか耐えた。
「違う違う。確かにこっちに修学旅行で来ている人とだけど、好きな人じゃないから」
「あ、そうだ。確かにあそこじゃない他のところも来ているみたいだし、もしその人の通ってる学校が来てたら言えよ。それくらいアタシも協力するからさ」
「桃も! そう言えばだけど、どこの学校に通っているの?」
「え」
私側の正確な事情は麗花しか知らない。きくっちーには学校のことだけを言っていないから察して誤魔化してくれるどころか、彼女は桃ちゃん側に付いてしまっている。
くっ、善意の提案がまさかのピンチ……!
適当な学校名がすぐに思い浮かばなくて視線を泳がせていたら、「そろそろ消灯の時間でしてよ」と言って麗花が現れた。
ナイスタイミング!
「あら、貴女たちもこちらにおりましたの?」
「うん。葵ちゃんと明日のことで話して歩いていたら、花蓮ちゃん見つけたから」
「今日他校の学生見たし、ほら花蓮、好きな人いるじゃん。だからもしその人の学校も同じタイミングで来ていたら協力するって、いま話してたんだよ」
「え」
私と同じ言葉を発した麗花がこちらを見てきたので、私としては苦笑して返すしかなかった。
「それは……そう、ですわね。あ、明日のことはまた明日話しましょう! ほら消灯時刻ですわよ! 生徒の模範となるべき【香桜華会】がルールを破る訳にはいきませんわ!」
そう言って私達と数人が解散の言葉に従い各々の部屋へと戻っていく中で、麗花が隣に並んでくる。
「……貴女、大丈夫ですの? もし、」
「さっき知り合いから連絡があって、こっちに来てることが分かったよ。明日、遭遇するかもしれない」
小声での問いに小声で返せば、息を呑んだ。
「麗花、私ね。もし会っても無視する」
「花蓮」
「大丈夫。そんなことくらいで壊れたりする仲じゃないから」
きくっちーと並んで前を歩いている、小さな背中を見つめる。……うん、大丈夫。
麗花は何も言わなかったが、終始もどかしそうな表情のままだった。掛ける言葉も見つからないほどの複雑な状況なのは、二人だけの秘密にしておいてほしい。
「……守れても傷つけば、それに意味なんてありませんわよ」
別れて部屋に入る間際、最後に彼女からそう言われた。
 




