Episode288-2 修学旅行二日目~二人にとっての状況~
「麗花さん!」
「あっ、百合宮さま!」
「……花蓮?」
私の名前に反応した麗花が恐る恐るというようにこちらを見る。顔色自体は悪くないので、体調不良ということではなさそうだ。
「一体何があったんですか? 麗花さんがこんな風になるなんて」
麗花班の一人に聞くと、その彼女も困ったような表情をした。
「それが……、同じく修学旅行に来ているらしい聖天学院の生徒の姿を目にされて固まられた後、すぐにこのように髪でお顔を隠されてしまいまして。ですから私達もこれはただ事ではないと思い、一先ずは森の中に木を隠そう作戦で、人が多く集まるこちらに訪れましたの。私達はつい先程到着したばかりでして」
「こちらもです。……麗花さん?」
「少し二人で話せまして?」
袖を引かれて小声で問われたことに頷き、金森洋物館の道路を挟んだ正面にあるベンチに海側の方に身体を向けて座る。
班員たちには待ってもらうのも申し訳ないので先に見て回ってもらうようにお願いし、時間を決めてまたこのベンチで落ち合うことを約束して、二つの班は一緒に行動し始めてくれた。
「……どうしたの? 聖天学院の生徒が気になるなら、そうしている方が余計に気になると思うよ。それに縦ロールの印象が強すぎるから、髪を下ろしていると全然雰囲気違って、向こうは麗花だって気づかないよ」
背中を軽くさすりながらそう言うと、髪からゆっくりと手が離される。離れた手は彼女の膝に置かれた。
少し肌寒く感じる秋風に少しだけ身体をブルッと震わせるけど、肌を刺すような冷たい風は磯の香りも同時に運んできた。
学院では絶対に感じることのないその香りに、改めて遠い地に来たんだなぁと実感する。そんな風にほんの少しの間だけ黄昏ていると、麗花らしくないあまり覇気のない声で話し掛けてきた。
「去年の香桜祭で鳩羽先輩……杏梨お姉様の姉上様と会話したこと、覚えております?」
そのことと麗花の今の状態に何の関係があるのかさっぱりだが、もちろん覚えている。
「忘れる訳ないよ。だって私ときくっちーが大変になった時の話だもん」
「ええ。その時、相談内容に答えて下さった鳩羽先輩に、私が返した時の内容ですわ。怖くて、本音で向き合えなかった方がいると」
……そう言えば、そんなことを言っていたような気もする。あの時はきくっちーとポッポお姉様のことが頭にあったから、引っ掛かることなく聞き流しちゃったのかも。というか麗花が怖いって口にするなんて、よっぽどじゃないか。
「その人と会うかもしれないって思ったから、そうなっちゃったの?」
「それもあるのですけど、ちょっと……他に色々と気まずい方もおりまして。制服を目にした瞬間に頭が真っ白になって、気が付いた時にはあんな行動をしておりましたの。班の皆さんには、ご迷惑をお掛けしてしまいましたわ……」
はあ、と疲れたような溜息を溢している。
「ちゃんと向き合うと決めておりますけど、まさか修学旅行で日程や行き先が重っているだなんて、誰が思いますの……? 毎年中等部の行き先は海外ですのに、何故今年に限って国内で、しかも北海道なのかしら? 葵じゃなくて私の頭が爆発しましたわよ」
同感です。私もこの状況はよろしくないし、麗花にとっても受け入れ難い状況らしい。
まあ幸いにして麗花だと気づかれる可能性は低いし、私の場合はそもそも向こう側で私のことを知っている人間は春日井くらいしかいない。
緋凰も私の素顔は知らないし、秋苑寺とは会ったことはあっても随分と昔の話だし。成長して顔立ちも多少変わっているので、小さい頃に一回顔を見ただけの人間のことなんかに気が付く筈がない。
あ、そうか。そうだよ! 何を恐れる必要があったのか。白鴎だって会ったことはないんだから、見掛けても私のことをそもそも認識しないだろう。
「大丈夫だよ麗花! 皆麗花は縦ロールって覚えてるから、縦ロールじゃない麗花は薔之院 麗花って思われないよ!」
「だから私のアイデンティティを髪型にするんじゃありませんわよ!」
だって香桜生でも二つ結びじゃない麗花、麗花だってすぐに気づかれなかったんだよ?
……向き合うと決めていると言ったけど、やっぱり何か私と麗花って似ているな。麗花は誰と向き合うつもりなんだろう?
「でも麗花、紅霧学院受験するんでしょ? その時は大丈夫なの?」
「それはもう覚悟を決めておりますし、今回は急なことで混乱したからですわ。それにこう言ってはアレですけど、その方達と高等部が重なるかは微妙ですの」
「え?」
「お二方とも家の跡継ぎですから、進むのなら銀霜学院ではないかと予想しておりますの。ですから私が本音で向き合うにしても、それは大学部でと考えておりますわ」
「ふーん……」
大学部。麗花がそこで誰かと向き合うつもりなら、やっぱり私は絶対に紅霧学院に合格を果たして彼女を助けながら生活し、二人とも無事に高等部を卒業するしかない。
太陽編の主要人物である緋凰と春日井がゲーム通りにあの学院へ進学することが確定している今、私が関わった上で取れるだろう一番の対策はそれしかないのだから。
「堂々としていたら大丈夫だよ、麗花」
隣からクスッと笑い声が漏れる。
「ええ。背筋を伸ばして歩くのが私ですもの。撫子が笑顔のまま学院に帰ることが、今回の目標ですわ!」
「よし、頑張ろう非モテ同盟!!」
「花蓮。その同盟名、二度と口にしないで下さる……?」
えいえいおー!をする流れだった筈なのに、真顔でそんなことを言われた私は久し振りに危機管理能力が作動。
静かにお口チャックした後は必死にコクコクと頷いて、これからは心の中でしか言わないようにしようと決めたのであった。
 




