Episode285-2 劇中外・二人の大誤算
十字架を背負って歩く場面から、刑場であるゴルゴダの丘に移る。
ここまで私と同じく刑に処される囚人二名を引っ立ててきた兵士たちが私の背負っていた十字架をセットすると、手と足をその十字架に括り、磔にする。
「……貴方が本当に神の子であるキリストさまなら、自分で自分を救える筈でしょう。色んな奇跡を今まで起こしてきたと聞いた。ならばその奇跡でもって、私達も救ってくれよ!」
一人の罪人がそう訴えたが、けれどもう一人の罪人がそれに反論した。
「お前は同じ刑を受けていながら、神を恐れてはいないのか! ……私達は仕方がないさ、それ相応の罪を犯したのだから。けれどこの人は。この人は、何の罪も犯してなどいないだろう。……主よ。貴方のお国でも私のことをどうか、思い出して下さいますよう」
「……貴方は」
神を信じ、私の無罪を信じてくれるその人に私は微笑んだ。
「今日貴方は、私と天国にいます。我が父のいる、あの国に」
『――イエスらの刑場には、彼のことを嘲り嗤う者、嘆き悲しむ者など多くの民衆が集まっていました。涙を拭い泣き続ける女性信者たちですが、その中の一人たりとも、主と信じているイエスのために命を投げ打つと言う者はおりませでした。そうして……』
「な、何だ!?」
「急に空が暗く……!?」
パッと照明が落ちる。落ちたのはステージだけでなく、観客席も含めた全体。突然の暗闇に包まれた世界では民衆らが驚きの声を上げて動揺し、戸惑う。
このとんだオカルト現象は本来なら正午十二時から午後三時まで続くのだが、劇なのでそんな時間はリアルにかけられない。
長時間もの間十字架に磔にされた私は、もう既に虫の息だった。
そうして最期、第三幕のクライマックスを最後の力を振り絞って叫ぶ――!
「我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですか――……!」
……そうして暗闇の中で、私は息を引き取った。
少ししてから照明の明るさが戻る。目を閉じて首をガックシしている私を見て、刑場にいたピラトが叫んだ。
「馬鹿なっ! こんなに早く死ぬ筈がない! 早過ぎるだろう!? ……本当に死んでいるのか?」
「私が確かめましょう」
そう言った兵士の一人が私の右脇腹のあたりを槍で突き刺す(本当に刺さってはいない)。
「動かないので、死んでいることに間違いはないでしょう。しかし……血の他に、水が出てきました。こんなのは、こんなのはあり得ません……」
愕然とした声を漏らす兵士の演技は、目にしていなくてもその緊迫が伝わるものであった。
『――正午十二時からイエスが天に召された午後三時まで、その地の空を覆った闇。磔の最中、真ん中から裂けた聖所の幕。そしてイエスの亡骸から血とともにすぐに流れ出した水。それらはすべて、普通のことではありませんでした。刑場にいた者達はしかとこの異常をその眼で目撃したのです。イエスがただの人間ではなかったという、その証を。イエスは己に罪があったと認めたから大人しく刑を受けたのではありません。イエスを神の子と認めない愚かな人間たちへ、父である神の怒りが降りかからぬよう己の死を以って、神へと赦しを乞うたのです。ユダの裏切りが発覚した日、イエスは言いました。「私はただ人々を苦しみから救いたかった、それだけなのに」と。イエスはただ、人々の幸せを願っていたのです――……』
第三幕はここで幕切れ。カーテンがゆっくりと閉じられていく中で、大きな拍手が巻き起こる。
けれどステージに立つ者たちは皆カーテンが完全に閉じ切るまで動くことなく、その場に佇んでいた。
……ちなみにイエスを裏切った使徒、イスカリオテのユダ。劇中では裏切り者の彼のことは挟まなかったが、ユダはイエスの死刑が決まったその日に彼を裏切ってしまったことを後悔して、自らの手で命を絶っている。
ユダがイエスに対してどのような想いを抱いていたにしても、最後に後悔するくらいなら……と私は密かに思ってしまう。
――命を絶つほど後悔するくらいなら、寄り添って解決する道を探せば良かったのに――……。




