表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空は花を見つける~貴方が私の運命~  作者: 小畑 こぱん
―巡るひととせが繋ぐもの―
610/641

Episode284-1 劇中・イエスとユダの関係


 皆、カーテンが開く前と同じ位置に座る。そうして再び軽快なBGMが流れ出して照明も明るさをゆっくりと増していくと、観客の前には三幕目が始まった時と同じ光景が広がっていた。


 やはり弟子たちは三人一組で会話をして盛り上がっているし、そんな楽しそうな弟子たちの様子を見ながら私は一人で食事を摂っている。

 どの世界の英雄も英雄であるが故に特別な存在だと一線を引かれ、同じ人間だとしては扱われない。特別とされる人間にはその人間にしかない何かがある。


 それが多くの人々の目には正統と映るか異端であると映るかは、見る人の立場次第。


 正統と映っているから十二使徒や信者がいるのだし、異端と映っているから排斥しようと動く者もいる。

 何にしても人に特別扱いされる存在――人間とは、最早彼らの目には神か悪魔、どちらかとしてしか映されていないのだ。



『――過越祭の前夜、再びイエスと十二使徒たちは楽しい夕食の時間を過ごしていました。そして相変わらずイエスが一人真ん中ででポツンと食事をしております。会話の仲間に入れてほしそうな目で弟子たちを見ております。……ああ、誰とも目が合いません。遂にイエスはその口を開きました』


 そんな深いことを考えていたら、またもや失礼なことを語られる。

 台詞を言えとナレーションが言ってきたので、遂にここからが『最後の晩餐』の始まりだ。


「弟子たちよ」


 その一言に今まで楽しそうに会話を交わしていた十二使徒たちが、一斉にピタリと口を閉ざす。BGMも楽しそうな曲調からゆったりとしたメロディーに変調し、次第にフェードアウトしていった。

 弟子たちの視線が私に集中していることを見回して確認してから、私は彼らに告げる。


「私は明日、この身と精神に苦しみを受けます」


 すると弟子たちは皆一様に驚き、疑問を呈す。


「主よ、それは一体どういうことなのですか」

「明日は過越祭です。そんな祝いの日の始まりに、何故主が苦しみを受けるのですか」


 言われて当然の疑問を向けられた私は寂しそうな表情を面に乗せ、薄く笑った。


「弟子たちよ。その疑問に答える前に、私の前には一体何があるのか答えられますか?」

「それは……パンと、葡萄酒ですよね?」

「ええ、そうです。例えるならばこのパンは私の身体、この葡萄酒は私の血です。これから多くの人のために流れるであろう、私の契約の血なのです」


 物騒な発言に弟子たちは互いに顔を見合わせ、動揺を広げる。


「血が流れるとは、まさかそんな」

「私はその苦しみを受ける前に、この過越祭の食事を皆と共に過ごしたいと願っていました。何故ならば……()の国で明日から行われる過越祭を貴方たちと祝うまで、もう二度とこの過越の食事をすることはないのですから」

「にっ、二度と……!?」


 そこで私はペトロを見た。数日前、足を拭かれるのを拒否しようとしたあのペトロである。


「ペトロよ。私が貴方の足を拭こうとした時に言った言葉の意味を、いま教えましょう。弟子たちよ。私が貴方たちの足を拭いたのは、貴方たちが私にした通りのことを今後していくように、それを示したのです。人の上に立つ者はへりくだった心を持って、心身と人々のために尽くしてもらいたいのです」

「おお、そんな意味があったのですか……」

「あとペトロ。耳の穴は掃除してきましたか?」

「えっ。し、してきましたけど、いまお話されるんですか? えっ、私の話を皆のいる前で伝えられるんですか!?」


 鷹揚に頷く。


「ひええっ!」

「そんなに怯えるものではありません。これは予言です。ペトロよ、貴方は鶏が鳴く前に三度、私のことを知らないと言うでしょう」

「え? ……え? 足を拭いて頂いたのに、私もしかして主から縁切られてるんですか?」

「貴方も後で分かるようになります」

「主いつもそれしか言わないじゃないですか! 怖い!」


 喚くペトロを深い微笑みで黙らせた後、私は目の前のお皿に乗っているパン(これだけ本物)を手にして眉尻を下げた。


「貴方たち十二人は、私が選んだ者たちです。それなのに……貴方たちの中に、私を裏切ろうとしている者が一人います。私が苦しみを受ける“事”が起こった時に、貴方たちが信じるようにと今、事が起こらぬ内に伝えたかったのです」


 はっきりと告げ、愕然とする面々を見遣る。


「そんな……裏切り者など」

「だが私達は、主の奇跡をいつも目の当たりにしてきただろう。その主が予言されたことなのだぞ」

「では本当に私達の中に裏切り者がいると?」

「まさかペトロ、お前なのか!?」

「えええ!? 後でって言われてこんな秒で理由分かっちゃう感じなの!? と言うか私心当たりありませんけど!?」

「……主よ。その裏切り者とは一体、誰のことなのですか?」


 弟子の一人が意を決して尋ねたそれを受けた私は、手に持つパンを千切り、杯に注がれている葡萄酒へと浸した。


「この血に浸した私の身体の一部を、私が今から与える者こそが裏切り者です」


 椅子から立って一度全体を見渡してから静かに、その者の後ろへと立った。



「――――さあユダ、お受け取りなさい」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ