Episode283-2 黒の儀式と花蓮の学年劇
どういう励まし方なのかと思いながらも、頭の中で観客の顔をそんな可愛い好々爺に挿げ替えたらしい子達は一様にリラックスモードになったので、やはり学院長のお力は偉大であるということを再認識した。
「それでは皆さん、舞台袖へと参りましょう」
役の子達全員が着替え終わったのを見計らって声を掛け、更衣室から出て外から講堂兼体育館のステージに繋がるドアを開いて左右に分かれる。
少しだけライトが照らされたカーテンの内側では既に桃ちゃんクラスの最後の場面で、イエスを排斥しようと学者たちが裁判を決意し大祭司カイアファに訴えた後、キリスト十二使徒の一人・イスカリオテのユダがキリストの居場所を彼等に密告した部屋から、『最後の晩餐』を過ごす部屋へと様変わりしていた。
これは私達が着替えている間にシナリオ制作係と、劇中BGM・照明操作係が舞台セットの準備をしてくれていたからである。
基本的に背景はスクリーンにプロジェクター映写だし、道具類なども重量級の見た目でも容量自体は軽くて、女子一人でも持ち運べるくらいだ。ちなみに背景変更はシナリオ制作係でする。
あと劇中でのセット変更はその時登場しない役の子達でするので、問題はない。
すべての準備を終えたことを確認して一度目のオッケーサインを出せば、劇中BGM・照明操作係がこちらの準備完了を観客に知らせる専用BGMを流す。
そしてタイミング良く丁度桃ちゃんクラスも席に着いたようで、観客席を把握できる位置でプロジェクター操作をするシナリオ係も、全体が整ったことを知らせる合図をこちらに送ってきた。
それを確認してから私たち演者はそれぞれテーブルの後ろに配置された椅子に座る。
『最後の晩餐』を描いた画家はたくさんいるが、私達が模したのはその中でも一番有名だろう彼のレオナルド・ダヴィンチ氏のものを採用。
左から順にバルトロマイ、小ヤコブ、アンデレ、ペトロ、ユダ、ヨハネ、私のキリスト。そしてトマス、大ヤコブ、ヒリポ、マタイ、タダイ、シモンとなる。
皆で最後に顔を見合わせて頷き合い、二回目のオッケーサインを出す。するとスピーカーからブーという幕開きのサイレンが講堂中に響き渡った。
閉じられた厚めのカーテンが少しずつ開いていき、楽しそうなBGMもそれに比例するように大きさを上げて流れてゆく。
ここでは個人で台詞は言わずにガヤガヤと複数人が会話しているような音をテープで流しつつ、私達は楽しく食事をするのをただ身振り手振りで表現し、最初にナレーション役の子が場面の説明を語り出した。
『――十二使徒の一人・イスカリオテのユダが裏切りの密告を行うよりも少し前、運命の過越祭を迎える数日前のことに遡ります。過越祭を過ごすにあたって信者を率いて都イェルサレムに上京してから数日を経て、宣教師であるイエスと十二使徒と呼ばれるその弟子たちは、夕食をともに過ごしておりました』
そう。ここですぐに『最後の晩餐』を始めるのではなく、とある交流をしてからその場面へと移るのだ。
私は楽しく夕食を摂っている弟子たちを見回してから、ゆっくりと顔を天井へ上向かせる。
『――あら。弟子たちが弟子同士三人一組で会話をしている中、一人真ん中の席で放置されていたイエスが何やら天を仰いでいます。誰からも構ってもらえない寂しさのあまり、主である神へと救いを求めたのでしょうか? 彼の行く末を見守りましょう』
などと、とんだ失礼なことを語られているのを聞きながら、私は神へと願う。もちろん誰も話し相手になってくれないこの状況を悲観してのことではない。
「我が神よ、敬信なる我が神よ。この世に遣わされた私が真に貴方の子であるのならば、どうか私の願いをお聞き届け下さいませ。この私めの元へとどうか――タライをお授け下さいませ」
タラリーン!
手を組んでシナリオ制作係が書いた初台詞を言った直後にそんな軽々しすぎる効果音が鳴った後、舞台袖の奥からゴロゴロゴロー!と勢いよくキャスター付きの台に乗せられたタライ桶が走ってきた。
そして突然出てきたタライ桶は弟子たちに驚きを運んできたものの、勢いが良すぎて途中で止まることなくそのまま向かいの舞台袖へと消えていく。
「我が神よ、敬信なる我が神よ。この世に遣わされた私が真に貴方の子であるのならば、どうかもう一度タライをお授け下さいませ」
すると今度は消えていった舞台袖から、ゴロゴロゴロ……と再びタライ桶が姿を現した。




