Episode276-2 広報課補佐・書記組の問題
「この動きは……?」
「デザインはただ単に、時間を掛ければ良いものが出来上がるという訳ではございません。直観とセンス、見る者へとその意味と目的を一目で伝え、表現するのがデザインというものですわ。ですが、案内パネルは言うなればただの地図です。デザインする必要もない地図に時間を掛けるなど、愚の骨頂! 予め全員でパネルに下書きをして、色番号を振るところが昨日までの作業となります。見る者の視線が迷子にならないよう全体的に纏まりある配色とし、各自の担当色を定めることで、一々個人で色を作るという無駄な時間ロスを無くしましたの」
早く仕上げることと丁寧さが大事だとさっき祥子ちゃんに言ったが、それを完璧に体現して中等部広報課を纏めて上げている有能な人物がここにいた。
ちなみに阪木さんは去年の冬にあった学生限定のポスターコンペ・中学生部門で、今年の春に最優秀賞を獲得している。
阪木さんの持つ肩書が美術部部長とコンクール入選の常連という実績を誇るエースなので、誰もが彼女の指示に従えば良いのだと考えることを放棄し、思考が無になったに違いない。
高等部から応援に来て下さっている先輩補佐二名でさえ、女王蟻に従う働き蟻たちの中に混ざっているのを確認した。というかこの現場に補佐要る?
「あの。私達(今は一人だけど)はこの現場に必要でしょうか……?」
どう考えても要らないと思いながら尋ねると、けれど彼女はパッと顔を輝かせて。
「もちろんですわ! 皆の憧れである百合宮さまがこの場にいらして下さるだけで、作業をする私たちの士気も高まるというもの! お二方には椅子に座ってぜひ作業をご覧に……あら? 時期書記さまのお姿がないようですが」
自然災害防止のための処置ではないにも関わらず何故か椅子に座って見てろと言われてしまったが、ここにいない『妹』のことに触れられたため、やっとこさその件について話をすることに。
「すみません、そのことなのですが。補佐に入る初日で大変申し訳ないのですが、こちら側に少々ありまして。なので明日からまたお願いしますと伝えに来たのです」
「そうだったのですね。でしたらこちらは大丈夫ですわ。百合宮さまの手を煩わせることなく最後までしっかりと努めますので、どうぞ他のことをご優先なさって下さい」
「……はい。ありがとうございます……」
恐らくそんな気は阪木さんには微塵もないだろうが、暗に戦力外通告を受けた広報課補佐二名。女王蟻が作ったコロニーには、外部から派遣された働き蟻の力は必要ないそうです。
一応こちら都合としては助かるものの、何だか釈然としない気持ちで小教室Bを出て、祥子ちゃんを待たせている教室へと戻り始める。
彼女の抱えているネガティブやら明日からの補佐どうしようなど、現在発生している二つの問題を抱えて扉に手を掛け開けると――――祥子ちゃんじゃない声が私に向けて発せられた。
「すぐ戻るということでしたのに、遅かったですわね」
えっ、と疑問に思って教室の中を見ると、何とそこにいたのは。
「麗花……と、氷室さん? え、二人が何でいるんですか?」
祥子ちゃんと向かい合うようにして座っている二人に驚けば、『妹』二人は困った顔をする。
麗花は腕を組み、難しそうに眉を寄せて私に告げてきた。
「会室に戻る途中、祥子がここに一人でいるのを見つけましたの。機材管理課は装飾課と発注数の打ち合わせをして、【香桜華会】でもその照らし合わせと全体的な算出を行わなければなりませんから、私達は一足先に抜けさせて頂きましたわ。それで祥子に聞いても黙ったままですから、貴女に聞こうと思って待っていた次第ですの。聞いた話ではすぐに戻るということでしたので」
「あー……そう、だったのですか」
何てタイミングだろうかと、私は正直困ってしまった。
適性役職決め会議の時に麗花が祥子ちゃんのことを認めて褒めていたのを聞いているから、その祥子ちゃんがものすごいネガティブを抱えていることを彼女が知って、ショックを受けはしないかと。
だってそれを聞いた私だって、そんなまさかと思ったのだ。できれば私だけで何とか解決したいが……。
やはり自身の指名した直接の『妹』のことであるからか、怪しい雰囲気を感じ取っているらしく、麗花に退く気はないようである。
本来であれば私が祥子ちゃんの真正面に座って面談する予定だったが、既に取られているため祥子ちゃんの隣に座って、麗花の真正面が私の位置となった。
「それで、これはどういうことですの? 今日は二人で広報課の補佐に入る予定でしたわよね? 何故祥子は一人でこの教室に?」
「えっとですね……。それにはですね、ちょっとした深い訳がありましてですね」
「何ですのちょっとした深い訳って。日本語がおかしくてよ」
この場の切り抜け方がすぐに浮かばずモゴモゴ言っていたら、即座に切って捨てられる。
あーっ! もう本当どうする!? だって多分私だから話してくれたのであって、言おうと思ったら麗花にちゃんと悩みを打ち明けている筈だもん!
そんなことを思いながらグルグル悩んで、麗花からジトリと送られる視線に耐えていると。
「祥子ちゃん? ど、どうしたのっ!?」
そんな美羽ちゃんの焦る声がしたので隣を向けば――――ポロポロと静かに涙を溢している、祥子ちゃんの姿がそこにあった。




