Episode274-2 解・『ジュリエットはどこへ消えたのか』
「え、椿お姉様……?」
「何だか色々変な食い違いが起きているみたいだけど、違うの。ポッポちゃんは私の話をただ聞いてくれただけで……ああ、何て言ったらいいのかしら」
「いい、雲雀。私が説明する」
そう言ってほうじ茶で一口喉を潤された椿お姉様は、グッと背筋を伸ばして。
「学年のクラス劇に関して、私たちは学院の顔たる【香桜華会】が故に、クラスメートから主役を演じることを確かに求められた。だが、それで私たちの希望を潰されては敵わない。私たちにも主張権利の自由がある。だがさすがに私は会長であるし、特に希望の役柄もなかったので、主役となっても問題はなかった。千鶴と杏梨もな」
「香桜祭盛り上げたかったしね!」
「ふふ~。私は主役を演じる代わりに、台詞を極限まで減らしてもらったわ~」
ポッポお姉様……。ええ、確かに貴女は表情と動きだけでほぼ表現されておられましたね……。
「『花組』の皆も知っての通り、雲雀は声を大事にしている。それでも彼女も【香桜華会】副会長として、主役を演じようと決めていたんだ」
「え? 雲雀お姉様、最初ナレーション希望じゃなかったんですか?」
苦笑して頷かれた。
「ええ。どうしようか悩んではいたんだけど、皆の憧れの存在だもの。私個人の希望で皆の期待を、やっぱり裏切りたくはないなって思ったから」
「それで雲雀も主役である、ロミオ役へと立候補したんだ」
「……え、ロミオ?」
「ジュリエットじゃなくて?」
聞いていた話とまったく違うそれに『妹』たちがポカンとする中で、ポッポお姉様が続きを引き継いだ。
「そこでクラス内で問題が起きたのよね~。主役は主役でも皆が見たかったのは雲雀のジュリエット役で、だから雲雀に向けて、『藤波さま以上にジュリエットに相応しい方がいらっしゃるとでも派』と、そもそも雲雀の美声に負担を掛けさせたくないと思っている、『お声を大事にされていらっしゃるのに無理な発声をさせる気か派』で、二分しちゃったのよね~。それで結局その時は発声負担のあまりないナレーション役に納まったんだけど、椿がねぇ~?」
「……雲雀のファンは温厚な生徒が多く、大っぴらにその反目の声を上げてはいなかったが、それでも皆が自分のことでそんな空気になっていることに、雲雀は心を痛めていた。私は生徒会長だ。小さい大きいに関わらず、生徒のどんな声も拾って解決する義務がある。だから……二つの反目し合っていた中心の生徒を呼び出して、言ったんだ。『ファンならば雲雀の気持ちを考え、彼女の意を汲んでやってほしい』とな」
そこで息を細く吐き出した椿お姉様は、再びほうじ茶を一口飲んだ。
「結果、雲雀はジュリエット役に変更となった」
「あれ? 何か間がすっぱ抜けませんでしたか?」
意を汲んでほしいと言われたのであれば、変わるのは元々希望していたロミオ役となる筈である。
すると今度は雲雀お姉様が気まずそうな顔をして、そうなった経緯を話し出す。
「私は椿がそう行動してくれていたことを知らなくて、もう決まったものを途中で変えるのもその子たちに悪いと思ったの。だからナレーション役のままで良いって伝えたんだけど、その中心となっていた二人が幸か不幸なのか、ロミオ役とジュリエット役で……」
「椿も知らなかったのよね~。自分が呼び出した中心の二人が、劇でも中心の役に納まっていたなんて~。それで自分たちのせいで雲雀を悩ませてしまったことと、椿に言われたからっていうことで、ロミオ役の子が役をお返しします!って、どうにも譲らなくなっちゃったのよ~」
「どうしたらいいのかしらって、私も困ってしまって。そうしていたらジュリエット役の子が、『ロミオがダメならジュリエットでは如何でしょうか!』なんて言い始めてしまって……。きっとあの時、私も追い詰められていたの。元々私がロミオに立候補したのは皆がそれを望んでいるからだと思っていたからで、それが本当は望まれていたのがジュリエット役の方で、『声に負担を掛けない方法なら~、クリップ式のピンマイクなんていいんじゃな~い?』って、そんなポッポちゃんの言葉も思い出したから。だからジュリエットをすることに、頷いてしまったの……」
雲雀お姉様はきっと彼女の厳しい『姉』の指導で、自身が【香桜華会】の一員であることを強く意識していた。だから皆の希望が彼女の望みとなり、ロミオとジュリエットはダブル主役だから、その内のロミオに立候補しただけだったのだ。
それがそんな水面下の大騒ぎとなってしまって、雲雀お姉様の心中はどれほど苦渋に満ちたものであっただろうか。
「雲雀お姉様……っ」
桃ちゃんの声も悲壮に満ちている。
「では何故ジュリエット役に変更となったにも関わらず、ナレーション役をも引き受けることになってしまったのでしょうか? 本来ならそのジュリエット役の先輩が、ナレーション役を務めなければならないのではないですか?」
麗花がそう尋ねると、椿お姉様がその問いに答えた。
「香桜祭の数日前だ。季節の変わり目であったことから、その交代した元ジュリエットでナレーション役の生徒が、秋風邪を引いてしまってな。本番まであと数日と、雲雀から役を引き継いだ手前ということもあり、我慢していたようなんだ。のど飴やら、寮に常備している薬を服用していたらしいのだが……前日の朝にはもう声が、ガッラガラでな」
「ガッラガラ」
「これはもう休ませた方がいいとなったの。それで初めにナレーション役に決まって、練習をしていた私ならまだスムーズにできるから。放送室でテープに収録させてもらって、展示用の撮影と本番では、劇中BGM・照明操作係の子たちに操作をお願いしたという訳なの」
「じゃあ元ジュリエット役の先輩が、劇中のどこにもいらっしゃらなかったのは……」
「寮でベッドの住人と化していたからね~。熱も出てたから~」
真相を明かされて、何とも言えない空気が私たちを包み込む。
先輩を消した犯人と疑ってかかってしまってごめんなさい、ポッポお姉様……。




