Episode272-2 クラス演劇と香桜祭三大不思議
改めて教室を見渡すと、皆ジッと私のことを見つめている。
……モスコビッチの方略の逆かな? 自分の意見を繰り返し主張して本当は多数派の意見を変えさせるんだけど、皆で少数派の意見を変えさせようとしているの。
さっき他の『花組』にも各クラスで主役を推すだろうとの発言があったが、彼女たちがそうやすやすと引き受けるとは思えない。
だって立場的には香実の補佐とは言え、生徒総会よりは楽と言っても忙しいものは忙しい。去年のクラス展示像だってほとんどは部活に所属していない子が作って、私はモデルとして大人しく椅子に座らせられていただけだったし。
主役と決まれば下手なものは見せられないので練習時間も多く取らなければならなくなるし、皆は忘れているかもしれないが、ここは国内でも有数の進学校な女子校なのだ。勉強時間の確保も必要。それも一応は私、受験生だし。
どうしたもんかと思いながら、この逆モスコビッチの方略を切り抜ける策を巡らす。
「取り敢えず私個人の希望としては、ナレーションがやりたいです」
「えっ。ナ、ナレーションですかっ!?」
「はい」
希望がナレーションと聞いて、急にクラスがザワつき始めた。
「どうしましょう……。音声のみのご出演で、他クラスの百合の掌中の珠ファンが納得するかしら?」
「そんな訳ないじゃない! 私だって菊池さまが音声のみのご出演となったら、何をするか分からないわ」
「決してそれがダメという訳ではありませんけど、皆、百合宮さまの演じるキリストさまを観たいと思っている筈よ。それに部活中に二年生の後輩から聞いた話だけど、一部では菊池さま同様あの学年に、百合宮さま過激派が存在しているらしくて」
「じゃあ下手な役柄だと、ファンの暴動が起きかねないという訳ね……」
ヤダー。二年生の過激派って、それ絶対ウチの姫川少女じゃーん。
……あれ待って。もしかして私がキリストさまにならないと、青葉ちゃんがまた何かしらの被害を被ってしまう……?
つい先日『風組』の内情を知らなくて至らぬ姉だと反省したばかりの私は、人知れず内心タラリと冷や汗を垂らす。
「あ、ナレーションで思い出したわ! 私も去年先輩から聞いた話なんだけど、ほら。前副会長であらせられた、藤波先輩のクラス演劇!」
「覚えているわ。ロミオとジュリエットだったわよね?」
雲雀お姉様の名前が出てきた瞬間、彼女の直の『妹』であった私はピクリと耳をダンボにしてその会話に聞き入った。
去年のテーマである『平和と祈り』に沿うように、両家の反目のせいで結ばれなかった男女の悲劇を描いたシェイクスピアの有名な作品が、お姉様のクラスの演目。
雲雀お姉様はヒロインのジュリエットを演じておられ、最後に彼女がロミオの後を追って命を絶った場面では、講堂に存在している生徒皆が涙に暮れていた。
「ええ。聞いた話では藤波先輩、最初はナレーションをご希望されていたらしいの。でも当時三年生の藤波先輩ファンだった方達の中でも、『お声を大事にされていらっしゃるのに無理な発声をさせる気か派』と、『藤波さま以上にジュリエットに相応しい方がいらっしゃるとでも派』に賛否が分かれたそうで。藤波先輩ファンは温厚な生徒が多いって認識だったから、黒梅先輩ファンであるその先輩もとても驚かれていたの」
「だけど実際はジュリエットを演じていらっしゃったじゃない。どうして変わったのかしら?」
「それがね、温厚だから水面下でヒソヒソとだけ反目し合っていたんだけど、何故かそのことが藤波先輩のお耳に入ってしまったらしいのよ。ジュリエット役も既に他の生徒に決まっていたから、変えられる筈もないじゃない? けど藤波先輩、お優しいからそんなファンの声を捨て置けなかったのね。教室に遊びに来られた鳩羽先輩に、その悩ましいお心を溢されたそうなの。そうしたら後日、あっさりと役が変更になったらしくて」
「え、何で?」
「それが分からないのよ。でも鳩羽先輩が聞いてから変わったってことは、そういうことだと思わない?」
教室にいる人間はいつの間にか、その二人の女子の会話を静かに聞いていた。私も人知れず内心ドバドバと冷や汗を流しながらずっと聞いている。
「……もしかして鳩羽先輩、唯一の藤波先輩過激派だった?」
「先輩もそこは明言されていなかったけど、でも元々のジュリエット役だった先輩は、鳩羽先輩ファンだったみたいよ」
クロですね。もうそれは明らかなクロですね!
水面に潜っていたファンの声が何故か雲雀お姉様のお耳に入ってしまった、というところからもう怪しいですね!!
「藤波先輩ファンの中で唯一の懸念点だったお声の件も、クリップ式のピンマイクで解消されたから皆さんニッコリしていたって、先輩仰られていたわ」
「あっ! もしかしてこれ、去年囁かれていた香桜祭三大不思議の一つ、『ジュリエットはどこへ消えたのか』!? 聞いた時全然意味分からなかったんだけど、これがそうなの!?」
「城佐さんに瀬見さん。色々たくさん突っ込みたいところはあるんですけど、すみません。三大不思議とは一体何のお話しですか?」
堪らずその会話に割って入ったら、全員が自分たちの話に聞き入っていたのだと彼女らはいま気が付いたようだ。
私は一連の何もかもを知らなかったが、周りを見てオロッとした二人の様子にその内容を知っていたらしい他の子から、そのことについての説明が始められた。
「香桜祭三大不思議とは、その名の通り去年行われた香桜祭の時期に発生した、その現象の理由が不明な三つの不思議のことです。一つはいま出た、『ジュリエットはどこへ消えたのか』。一つは『折り鶴を抱えた逃走者たち』。そして最後の一つは、『奪われてしまった救世主の輝き』となります」
三大不思議の一つは既に私の中で不思議じゃなくなった。『折り鶴を抱えた逃走者たち』は、確実に蜘蛛の子散らした装飾課ゲート班のことである。
理由が不明というのも、そりゃ原因があのマル秘ポッポ対策資料であれば身内以外に他言はできまい。




