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空は花を見つける~貴方が私の運命~  作者: 小畑 こぱん
―巡るひととせが繋ぐもの―
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Episode271.5 side 忍、心のお便り①-2 拝啓 薔之院 麗花さまへ


 門を開く機会は一度だけと周知していればその唯一の機会を掴もうと集まるのは、優秀且つ自分に自信のある人間。自分に自信がなければここではやっていけないだろう。

 唯一の機会である高校受験は、外にいる人間に平等に与えられる。……それは、一度ここから出て行った人間に対しても。


 だから麗花が聖天学院に戻ってくるのなら、高等部進学――――受験の時だ。

 家格が下位の人間であればまだそう大きく騒がれないだろうが、麗花クラスは別である。良い意味でも悪い意味でも、大きく注目を浴びることになる。


 外部生の反応はどちらに転ぶか不明だが、内部生に関しても同じように分かれるだろう。薔之院派である赤薔薇親衛隊は諸手を上げて受け入れるだろうが、城山一派は……。


 けれどいざこうなってみると、卒業式に薔之院家の席に参列していた百合宮先輩の存在は、特に同学年の内部生には往々にして増していることだろう。

 親交行事の一件であの人が麗花のことをどんな意味があるとしても特別な存在として見ているのは、現場にいた生徒の口から広がって、数多の生徒の知るところとなっている。


 他家のご令嬢の卒業式に個人で参列するほどの仲なのだと。それくらいの仲であるのなら、聖天学院に進学しないことも知っていた筈。

 学院生という繋がりが切れるのに構うということは、薔之院 麗花は百合宮先輩にとって大切な存在なのだと。麗花に何かあれば百合宮先輩が動く。


 薔之院家が動くのも大事だが、内部生にとって百合宮 奏多という人間を敵に回すということは、『死』を意味するだろう。……生命そのものということではなく、社会的にという意味である。


 あの人だからこそ掛けられる保険。あの人にしかできない守り方。

 ここまで見越しての対応だとしか考えられないが、すごいを超越してやっぱり怖いしかない。宇宙人がその目と頭脳を以って見通しているその先には、一体何があるのだろうか……?


「忍くーん。それで薔之院さん、どこの中学行ったの?」

「!」


 考えに沈んでいたのが秋苑寺くんからの再びの問い掛けで浮上する。

 緋凰くんは何も言ってこないが、自分を凝視してくる視線に込められた「教えろ」の圧が強すぎて、口を閉じている意味はないように思う。

 『個人情報漏洩』『信頼関係』『友達』『お家に帰りたい』の四つが頭の中をグルグルと廻り、自分の口から結局出てきたのは、まったくもって大した内容ではなかった。



「……遠くの学校。(全寮制の女子校だから)すぐに会えないところ」



 これじゃ何の説明にもなっとらん。


 溜息を吐き出したくなるほどの情報量の足りなさではあったが、けれどこれを聞いた二人は何故か驚いたような顔をして自分を見てきた。え、何だ?


「えっ。すぐに会えないほど遠いって、もしかして外国行ってんの!? 引っ越した!?」

「国内は飛行機に乗ればすぐに行ける距離だしな。そうか。確かに海外だと、まとまった休みじゃないと行けねぇな」


 超高位家格の人間の『距離が遠い』の感覚とは。


 自分も彼等と同じファヴォリではあるが、やはり彼等とは次元が違うことをまざまざと突きつけられる会話だった。自分はどちらかと言うとよく海外に行くタイプの家の子ではないので、その感覚がないのである。


「確か薔之院家は海外の至る所に店舗を持っているが、両親は主にフランスを活動拠点にしていたよな。薔之院は一人娘だ。将来家を継ぐために現地へ行ったと考えれば、筋は通るな」

「そっか、家の……。あー、なら忍くん以外には黙って卒業してったのも解るわ。大体薔之院さんそういうの、人にペラペラ言う子じゃないしね。フランスかぁ」

「フランス。そうか、フランス……」


 ヤバい。何かいつの間にか麗花、フランスに行ったってことになってる。

 奇跡的な勘違いによって導き出された答えだが、これはそのままにしておくと自分は嘘を吐いたということになるのだろうか? それは何かダメな気がする。


 でも結局麗花がいないのは中学の三年間だけで、どちらの学院を受験するかはまだ分からないけど、戻っては来るし。


「けど戻っては来る」

「戻るって、こっち(日本)にか?」

「ずっとそのまま向こうにいるって訳じゃないんだ。へぇー」

「……」


 しまった。考えていたことが同時に口からも出たようだ。さっき秋苑寺くんから口が堅いと言われたばかりだというのに、何という不始末! しかも勘違いが余計に悪化した。


 こうなると訂正するのも面倒くさいし何か更に悪化しそうな気がしてきたので、麗花の行き先に関してはこれ以上余計なことを言わないようにしようと、自分の口は貝になって閉ざされたものの……。


「あ。じゃあ結局戻ってくるんならもうさ、海外留学しに行ったって考えていいんじゃないの? だって戻るって言うってことは、ここのどっちかに進学するって可能性高くない? まあどこの高校行くかはまだ分かんないけどさ。聖天じゃないかもしれないし、忍くんもそこまでは聞いてないだろうし」

「……」

「外部生として再入学、か。ない話じゃないが、聖天以外にも俺らクラスの家格の人間が通っても問題ねぇ高校はいくつかある。玉宝院や叢雲がそうだ。まあずっと海外にいられるよりは、機会があるだけマシだな」

「……」




 ――――薔之院 麗花さま。


 貴女のいないこの学院では、貴女が進んだ道に対してそんな勘違いが起こる事態となってしまいました。自分の力が及ばず、とても申し訳ない気持ちで心がいっぱいです。


 貴女がこちらに戻ってきた時、一体どんな反応をするのでしょうか。

 とてもではありませんが自分の口から今更、『国内にある全寮制の女子校に行った』などと正しい情報を開示できる空気は一応読みましたが、もうすっかりと残っていなかったのです。

 だからせめて香桜女学院に通っている間くらいは心穏やかに過ごして下さっていることを、切に願っております。


 ……長くなったので一旦ここまでにしておきましょう。それからの学院でのことや現在のことは、また改めてしたためたいと思います。



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