Episode271.5 side 忍、心のお便り①-1 拝啓 薔之院 麗花さまへ
爽秋の候、いかがお過ごしでしょうか。
そちらは県境にある山を切り開いた丘の上に建つ学院ということですので、今の時期は涼しい秋風がそよぎ、夏の間に生い茂った木々の葉を悪戯に揺らしていることでしょう。
あの日自分へ明かしてくれた宣言通り、初等部を卒業された貴女が彼の女学院にて心穏やかに過ごされていることを、遠いこの場所からずっと祈り続けています。
こちらはこちらで大変なこともありますが、何とかやっていけて…………いないことも多々あり、貴女という存在の偉大さを身に沁みて感じている、この二年と半年でした。
――――いや、本当に。
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前述の通り、麗花が聖天学院から去ってからの生徒……特に同学年には激震が走った。百合宮先輩がファヴォリの所属を返上した時以来の激震である。
まあそうなるだろうなとは思ったが、特に存在が表に出てこれからだと意気込んでいた赤薔薇親衛隊が受けた衝撃は計り知れず、暫くの間はお通夜状態になる女子生徒が続出した。
もちろん隊長に就任している中條と麗花に友人だと認められた新田さんの落ち込みようは、他の生徒の比じゃなかった。
ちなみに麗花には内緒にしておいてほしいと頼まれていたため、麗花が聖天学院の中等部に進学していないと他の生徒の知るところとなったのは、中等部のクラス発表の時。どこにも麗花の名前がなく、本人の姿もなかったので彼女ら二人が教師に確認したところ、初めてそれが発覚したという訳である。
同じクラスになってしまった中條は中條派の女子に慰められ、新田さんとは別のクラスになってしまったため一応心配で様子を見に行ったが、薔之院派の女子に慰められていた。
それを廊下から観察し、自分の出る幕はなさそうだと安心してじゃあ教室に戻ろうかと方向転換したところで――――秋苑寺くんに捕まった。
「忍くん、もしかしなくても知ってた?」
その日の昼休憩にサロン集合の約束をさせられて赴いたところ、そう聞かれたので正直に頷く。
「……内緒にしてほしいと」
「そっか~。ま、忍くんくらい口が堅くないと薔之院さんも話さないか。どこの中学行ったの?」
その問いには少し逡巡した。香桜女学院だと聞いているが、これに関しては言ってもいいのだろうかと。秋苑寺くんは麗花の味方ではあるものの、個人情報なので教えるには本人の同意がなければ勝手に明かすのもと、微妙に憚られてしまう。
何と言って乗り切ろうかと考え始めたところで、中等部サロンの扉がバンと大きく開かれた。そこに現れたのは、負のオーラを大量に背中から撒き散らしている――――緋凰くんだった。
「うーわ。あれヤバいよ忍くん」
口元を手で隠して囁いてくる秋苑寺くんだが、そんなことは言われなくても承知している。頭の中では何度もイメトレしていた場面だ。対応策はちゃんと事前に考えt「尼海堂ぉ……」あ、無理かもしれない。
暗黒を背負う緋凰くんの自分を呼ぶ声は、ドロドロとしていた。どういう感じなのかそれじゃ分からんと言われても、自分の語彙力ではこの表現が限界である。
どんよりジットリと見据えられ、百合宮先輩とは異なるその威圧感にそれを向けられていない他のファヴォリは、彼を恐れて次から次へとサロンから出て行っている。何と上級生もだ。
何故影が薄……気配を消すことに長けている自分が逃げられず、お前たちは堂々と逃げることができるのだ! どう考えてもおかしいだろ! ……何で怖いもの見たさで残る生徒が誰もいない!?
けれどそんな中でも秋苑寺くんだけは残ってくれているから、気持ち的にはまだ救われていた。
「あー……。あのさ~、やっぱどっから洩れるか分かんないじゃん? だから忍くんも言えなかったみたいだよ? 薔之院さんにも頼まれてたっぽいし」
麗花の名前を出したことで、オーラのドロドロがトロトロに変化した。
大体その通りなのでコクコクと頷いて同意を示すと、近くのソファにゆっくりと緋凰くんが腰を下ろしてくる。
「……そうだな。親交行事にあんなことがあったんなら、尼海堂くらいにしか言えねぇよな。そうか。それで百合宮先輩が卒業式に」
「俺も納得~。うーんまあ、同位家格のご令嬢だからってことかな? それに奏多さんにとって特別な後輩なら手も貸すだろうし」
「特別な後輩」
「あ、恋愛でって意味じゃないよ?」
ボソッと呟かれたことに即座に否定を返す秋苑寺くんと緋凰くんの会話を聞きながら、自分は自分でそのことについて考えてみた。
まずあの人が卒業式に参列していることに目を疑った。白鴎先輩もいたが、それは白鴎くんが卒業するからでまだ分かる。
何でアンタが自分たちの卒業式に現れるんだと戦々恐々としていたところで、彼のいる位置が薔之院家の席であったので二度見するしかなかった。
確かにあの人は親交行事の時に限りなく麗花を肯定していたし、個人的に親しそうではある。
けれどいくら親しいからと言っても、彼女の家の席にいるのはどうなのかと思った時――もし彼も麗花の進路先を知っているのなら――と考えたら、その行動にも納得せざるを得なくなった。
『言いましたでしょう、私は守られるばかりの弱い人間ではなくてよ! 強く、強くなって惑わされずに立ち向かいますわ!! また何かあれば今度こそ、私の手で彼女と決着をつけます!!』
――――麗花は聖天学院に戻ってくる。
彼女は城山と、再び相まみえる可能性があることを示唆する言い方をしていた。聖天学院は家の経済的理由から生徒が転校することは認めているが、外からの転入は認めていない。
この学校が外部から来る人間を受け入れるのは、内部生も進路の選択を迫られる高等部受験の時のみ。
高等部は勉学の銀霜とスポーツの紅霧に分かれるものの、大学部ではまた統合される仕組みになっている。
学院も解っているのだ。優秀な人間が排出されるのはその家柄と比例ではないと。高位家格の生まれでも問題のある人間は問題があるし、逆もしかり。
聖天学院というブランドを掲げ、外から来る優秀な人間を一旦集めたらその門を閉じて、再びそのブランド力を高めるのだ。




