Episode268-2 鬼からの鬼電内容
もっと穏やかな言い方で伝えることだってできたのに頭に血が上っていて、こちらも明らかにケンカ腰の言い方をしていた。
そしてシュンとなったから協力者の名前もつい口から溢れ出してしまった。緩々なお口め。小久保さんごめんなさい。
「小久保さんをクビにしないで下さい……。彼は立派にお仕事を全うしています……。あの時だってちゃんとお部屋の前にいて呼びに来られていたんです……。私達が言い争いを始めてしまったから……」
『ンなクソ小せぇことで誰がクビにするか。鬼かよ』
鬼だろお前は。
そう口を突いて出そうになったが、売り言葉に買い言葉が発生して本当にクビにされては堪らないため、必死に飲み込んだ。
「ですがそのご様子ですと、良い方向でお話が進まれているようで何よりです」
そう言うと心なしか電話で話している向こうの声も、幾分と穏やかなものになる。
『……ああ。まだまだ先は長ぇが、最悪なことにはならねぇと思う。電話して話して、母さんが俺に求めてたことも解ったし。今まで足踏みしてたが、これからは俺も父親と母さんを含めた家族のことで、ちゃんと会話をしていくって決めた。……話してみないと分からないことがあるって、解ったからな』
「そうですか」
私もこうして緋凰と向き合って、解った。
発した言葉は相手の心にどれくらいの大きさかは分からないけれど、ちゃんと残るのだと。
――――届くかどうかは、その人の受け取り方次第だと。
「頑張って下さいね! 私も応援しております」
『ん』
気恥ずかしいのか素っ気ない返答だが、あまり気にならないほどに気持ちがふわふわとしている。鬼電着信に出る前は絶縁状叩きつけクレームかと覚悟していただけに、そうならなくて安堵した。
だって紅霧学院に合格しても、ファヴォリ男子トップツーを飾る内の一人に目の敵にされながら卒業まで過ごすとか、それ何て胃に穴あき案件ってガクブルしてたもの。
「良いご報告もお聞きできましたし、私も安心しました。それではこれで失礼…」
『おい切るな。他にもあって電話したんだよ。お前いまどこにいる?』
話はこれで済んだだろうと思ってお別れの口上を述べていたら他にもあると言われ、何だろうと思いながら答えを返す。
「どこって、新幹線の中ですが。生徒会の仕事の関係で、早めに学院に戻るって言っていたと思うんですけど。いまデッキで話しています」
『マジか。……はぁー。お前ちゃんと帰る前に荷物確認しとけや。ウチに忘れモンしてんだよ』
「えっ。何か忘れてました!? 何ですか!?」
ちゃんと確認して緋凰家を後にしたし、帰宅してから貴重品とかは自分で片付けた。服とか日用品はお手伝いさん任せではあったが、これが無いとか何も言われていない。
何を忘れているのかと尋ねても何故か返答がなく、もう一度尋ねようとしたら――――ボソリと。
『…………ぎ』
ぎ?
「はい? 何ですか?」
『…………ぎ』
「え? 何ですって?」
『~~っ、お前マジでいい加減にしとけよ!?』
聞いても『ぎ』しか聞こえないので再度催促したら、何故か怒られた。
何でそんな怒って言う訳!? 自分がはっきり言わないのが悪いんじゃんか!
『だからし、下着だっつってんだよ何回も言わせてんじゃねぇよ!! ンなモン忘れて帰ってんじゃねぇよつか帰ってからねぇことに気づくだろうが普通!!』
「ええ!? そんな大事なもの忘れてません!」
『じゃあ小久保が恐る恐る報告してきた、白黒縞々…………は、誰のなんだよっ、ああ!?』
「あっ、私のです!」
『だからお前の忘れモンだって、初めっからそう言ってんだろうがああ!!』
悪いのは私だった! ごめん! 本っ当何回も言わせてごめんなさい!!
思い出した。あれだ、行く時途中で買ったやつだ。汗かくからお気に入りのはあんまり使いたくないなって思って、多く使うようにしようって買ったやつ!
そりゃ片付けられてもお手伝いさんから無いって言われないし、洗濯後に部屋に置かれていたけど言い争って気持ちがハチャメチャになっていたから、仕舞うの忘れちゃったんだ! 写真の件もあったし!
「す、捨てて下さい! パンダさん模様の縞々はそちらで処分して下さって一向に構いません!」
『ふざけんな! ウチからゴミに出して万が一どっかに洩れたりしたらリスキーだろうが! 所有者が責任持って取りに来い!! あとパンダじゃなくてシマウマ模様じゃねぇのか!』
「え。その口ぶり……見たんですか!?」
『誰が見るか!! 縞々っつったらパンダじゃなくてシマウマだろうが馬鹿!!』
私の中では白黒って言ったらパンダさんなんだよ!
でもどうしよう。もう新幹線乗っちゃってるし、戻って緋凰家に取りに行く時間もない。それどころか正確な住所も覚えていない。……詰んだ!
次の帰省だと冬休みになるが、どうだろう。
「あの。冬休みまで、そちらで預かっててもらうと言うのは」
『そんなんだったら百合宮先輩に取りにきて頂く方が、何倍も精神衛生上マシだわ』
「ギャーそれだけはやめて下さい!! それだけはさすがにご勘弁を!!」
いくら何でもそれはお兄様にとってダメなやつだって分かる!
瑠璃ちゃんの時に怒られた以上に怒られる!!
それだけは何としても回避したい私は預かりを渋りまくる緋凰に必死で頼み込み、超嫌々ながらも次の帰省まで預かってもらうことにどうにか同意させた。
中学最後の夏の帰省で最後にやってしまった私のこのやらかしであるが、後々緋凰側の事情により冬の帰省で受け取りに行くことはできなくなり、次の機会に持ち越されることとなるのであった――……。




