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空は花を見つける~貴方が私の運命~  作者: 小畑 こぱん
―巡るひととせが繋ぐもの―
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Episode266-3 陽翔が抱えるものと花蓮が作り出すもの


 ――ピリリリリ


 重苦しい空気が漂う中で鳴ったその電子音。空気を引き裂くそれは私の携帯から発されたものかと見ても、いつの間にか真っ暗に落ちていた画面は黒いままで。

 視界の隅に動きがあったので再び緋凰の方を見たら鳴っていたのは彼の携帯だったらしく、画面を確認してから耳に当てて通話し始めた。


「もしもし。…………ああ、」


 チラと確認するようにとある方を見たので、釣られて私もそちらを見ると時計があり、それは既に十七時四十五分を経過していた。

 あ。確か出発時刻って、十七時半……。


「いや、まだ出ていません。家にいて……はい。遅れますが、ちゃんと向かいます。すみません。はい、そのように伝えて下さい」


 そうして電話を終えた緋凰が静かな面持ちで、私に視線を向けてくる。


「いい加減出てけよ。もう終わったんだろ。つかウチのモンも時間知ってんのに呼びにこねぇとか、怠慢じゃねーか」

「……行くんですか」


 固くなった私の声音に対する返答は鼻でフンと一蹴だった。


「向こうから接触してきたんだから行かない選択肢は端からねぇんだよ。おい。出てくつもりねーんなら、目の前で着替えんぞ」

「いえ、出ます。お邪魔しました」


 携帯を握りしめ、踵を返してドアへと向かいノブをガチャリと少しだけ開けて……私は最後に、この合宿に協力してくれたお礼を告げるために口を開いた。


「この一ヵ月、ありがとうございました。特訓して頂いてちゃんと体力も付きましたし、タイムだって縮みました。私のお願い……助けに応じて下さって、嬉しかったです」


 返事を待つことなく部屋を出る。

 廊下にはお手伝いさん……最初に見つかって、けれど一番協力してくれていた小久保こくぼさんが待機していた。


 恐らく時間だと呼びにきてはいたのだが、中で言い争っている声が漏れていて、声を掛けるに掛けれなかったのだろう。内容が内容だったし。

 しょんぼりしながら小久保さんに結果を告げる。


「すみません、力及ばずでした……」

「いえ。坊ちゃんのために、ありがとうございました」


 何もできなかったのにお礼を言われ、余計にへこんだ。

 私と皆さんの努力も全部水の泡となり、緋凰にデータも渡せず仕舞い。虚しさが半端ない。

 アイツに憲法振りかざされて訴えられる前に、苦労して撮った写真を全部消去しなけれ、ば――――?


「あ」

「お嬢さま?」

「私、ちょっとお部屋に戻ります!」


 ピコンと閃いた私はそう小久保さんに告げ、急いで宿泊している部屋へと直行する。

 戻ってすぐに手に持ったままの携帯を操作して電話を掛け、ほんのちょっとだけ待つと。


『はい、百合宮でございます』

「あ、北見さん! 花蓮です! すみません、お母様いらっしゃいますか!?」

『花蓮お嬢さま? ええ、はい。いらっしゃいます。少々お待ち下さいませ』


 耳に優しい保留メロディーを聞きながらこれからの算段をつけていると、『もしもし花蓮ちゃん? どうしたの?』と久し振りのお母様の声が私を呼んだ。


『今日家に帰ってくる日でしょう? お迎えの時間が変わる?』

「お迎えは予定通り十九時で大丈夫です。すみません、ちょっとお母様にお聞きしたいことがありまして」

『あら、何かしら?』

「突然であれなんですけど、緋凰夫人に直接届くメールアドレスってご存じですか? 最悪お電話でも構いません。夫人にどうしても見てもらいたい写真があるんです」


 ドキドキしながら告げれば、お母様は少し間を置いて。


『残念だけど知らないわね。お母様が携帯を持っていないの、知っているでしょう?』

「あっ」


 仲良しイコール連絡先を知っているという図式が、木っ端微塵に砕けて散った。

 そうだった。遊び道具はお正月の秘密ボックスを授けてきた古き良き時代の人であるお母様は、文明の利器をお持ちではなかった……!


「緋凰さまの写真……」

『陽翔くんの写真を送りたいの?』

「はい……。いいアングルで(お父様の写真と)仲良く撮れたので、その画像をぜひご夫人にも見て頂きたくて。緋凰さまは中学三年男子のお年頃ですので恥ずかしがって、ご自分では送ろうとしないのです……」

『そういうことなのね。そうねぇ……お母様から直接は難しいけど、薔之院夫人、美麗さま経由なら連絡が取れるかもしれないわ』

「!」


 立てた作戦全部失敗の結果に膝から崩れ落ちそうになったものの、けれどお母様から救いの一手が差し伸べられてハッと立ち直る。


『だけど美麗さまも樹里さまもお忙しい方だから、すぐに連絡は取れないかもしれないけど。それでもいいかしら?』

「はいぜひお願いします!!」

『そ、そう。じゃあまず美麗さまに連絡を取ってみるから、それまで待っていてちょうだい』

「分かりました!」


 取り敢えず希望は潰えなかったので、安堵して一旦の通話を終えた。

 緋凰に渡さずとも問題ない。ご夫人に頼ることを緋凰が頑なに拒否していたことを考えれば、これはちょっと真面目に善意の押し付けになってしまうが、何もしないよりはマシな筈だ。


 それに写真を送るのは今日でなくともいい。会社のことはお父さんと会って話しても全部が全部、今日のことにはならないからだ。

 この写真を見ればきっと何かを感じ取って下さる筈。そこからご夫人がどんな用件だとしても、息子に連絡さえ入れてくれたなら。


「私はご夫人には何も話しませんよ。離れて暮らしている息子の近況写真を、そのお母さんにただ送るだけですからね。気づいて文句を言う頃には私は既に香桜にいることでしょう。と言うか自分と同じように近況写真をお父様ではなくお母様に送るだけなのですから、文句を言われる筋合いもありませんけどね。ホーッホッホッホ!」



 ――――私はきっかけを作っただけだから。そこからどうするかは貴方次第だよ、緋凰 陽翔



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