Episode266-2 陽翔が抱えるものと花蓮が作り出すもの
相談すればきっと楽になる。
けれど緋凰はそうしようとしない。きっとその先を見据えて、それが怖くて言えずにいる。
……自分の言動に対する相手の受け取り方を見誤ったせいで、大好きな人が離れていってしまったから。
「隠し撮りしたことにはケチをつけてきただけです。貴方がそうやって私に踏み込むなと怒ったのは、お母様に相談しろと言ってからです」
相談した先。緋凰はこう考えた筈だ。
「『父親のことを相談したら、母さんが今の仕事を辞めるかもしれない』。
『母さんが家に戻ってきたら、父親が“緋凰”を追い出されるかもしれない』。
――――『俺が母さんに相談したせいで』」
最後の言葉を口にし終えると、緋凰から放たれていた圧がふっと霧散した。
それを肌で感じ取り、知らずの内に身体が強張っていたようで自然と肩から力が抜けていく。
……緋凰の威圧が解けた今、もうここで終わりにした方がいいのかもしれない。
けれどここまで喋ったからには、恐らく今回だけは枷となってしまっているあの言葉にも触れなければ、緋凰家の内情に関して、彼は前に進めないと思った。
「『何でもできるんだから、頑張ったらできる』」
ピクリと緋凰の頬が動く。
「私からすると、貴方のその頑張り方は賛同できません。だって貴方だけ全部我慢しているじゃないですか。子どもらしく言ってもいい我儘も言えず、自分が我慢すれば全部上手くいくと思い込んで。そんなんじゃいつか壊れます。頑張っても受けたことのない重責なんて、中学生の子どもが担える訳ないじゃないですか。両親に相談もしないんですから、赤の他人なんて端から貴方は頼らないでしょう。他人から天才と称されるくらい全てにおいて能力が秀でているから、自分だったらどうにかやれると思っているんじゃないんですか? 聡いからこそ家を、会社を継ぐことの意味を貴方はよく理解している筈です。…………理解しているから、本当はプレッシャーだって感じているのに」
こうして話している内に気づいたことがある。
私は今まで何も考えずにただ事実として、“スポーツ大会の個人戦種目では賞総ナメの天才児”と口にしていたが、そもそも何故緋凰は度々大会に出場していたのか?
緋凰家の後継としての箔付けのためだけならスポーツじゃなくても、書道とか音楽とか、そういった文化系のものでも良かった筈だ。
私はたっくんと再会した時、『陸上は個人、己との戦いと言っても過言ではありません』と告げた。
個人戦ばかり出場していたのは対戦相手とではなく、己との戦いでプレッシャー慣れをしようとしていたからじゃないだろうか?
ペアで出場できる種目だって春日井がいるんだから、彼と一緒に参加することだってできただろうに。
緋凰がスポーツ大会で個人戦にばかり出ていた理由が、もしもそうなのなら。
相談できないからこそプレッシャーに負けないために、己の精神力をそこで鍛えていたのだとしたら。
それは――――あまりにも哀しすぎる努力だ。
「……ちゃんと今のご自身の気持ち、ご両親にお伝えしないとダメです。確かに話さないことで守れるものもあるのかもしれません。ですが矛盾してますけど、話さないことで逆に壊れてしまうものだって、あるんですよ」
気持ちを言わなかったから壊れてしまった、ゲームの中の花蓮と白鴎の関係性。
婚約者の前でも“百合宮家の令嬢”として、操り人形のようにお母様の言いつけ通り何も言わず、微笑みを貼り付けたまま、ただただ現状を受け入れていたから。
本音を隠そうとして、けれど隠しきれずに溢れて、白鴎に近づく女子を陰で葬り去るように動いていた。その結果が愛していた人からの断罪と、一家路頭――……。
「やってみて全部が全部、悪い方に行くなんて決まっていません。話してみないと分からないことだってあります。現に私はそうされて、緋凰さまのことを知りました。貴方の気持ちは貴方にしか分かりません。ちゃんと言ってくれないと、相手だって知りようがないんです。……まだ中学生の子どもなんですから、親に助けを求めてもバチなんて当たりません。貴方一人が全部を背負うことなんて、ないんですよ」
これで言いたいことは、すべて言い切った。
後は緋凰の反応を待つばかりであるが、彼は途中から目線をカーペットに落として無言のまま、そこに佇んでいる。




