Episode262-2 懇々先生からのご教授
「あー、うん。何で奏多さんが許可したのか分かった。これじゃあ何も言えないね……」
「今のところはまあまあ順調だ。コイツがへばりさえしなきゃな」
「予定外の二倍さえなければ順調だと思います」
あれは本気で死んだ。まさか【香桜華会】以外で屍になるなんて思わなかった。本当に中学生時代の思い出のほとんどが屍になりそうだ。
正座のまま、お手伝いさんに運んできてもらったスポーツドリンクを飲む。ちなみにどうして飲み物がこれなのかと言うと、部屋に入って呼んだお手伝いさんにミネラルウォーターを所望しようとしたら、緋凰に「お前はスポーツドリンクだ」と言われたためだ。
飲み物くらい好きに飲まさせて下さいよ……。
美味しいけど……。
「あのさ二人とも。僕がこうして口出しする理由、分かるかな? 二人がどういう仲かを知っているから僕はあれでも、他の人間から見たらどう思われるかなんて、想像つくよね? そういうの考えなかった?」
「別に……。ウチの人間には説明してるし」
「まあ特訓で出る以外は、お家に閉じこもっていたら大丈夫かなと。それに緋凰さまお友達全然いないですから、来ても貴方くらいしかいないなと思いまして。実際そうでしたし」
「人間評価マイナスだな、宇宙人」
「事実を述べただけなのに、何故私が人間としてマイナス評価をされなければならないのか」
両者の間でバチッと音を立てて火花が散ろうとしていたが、それを止めたのは相も変わらず仲裁役の春日井で。
「はいはい。まあここの人達って口が堅いので有名だから、外部に漏れるって心配はないかもしれないけど。でもどこで誰が見ているか分からないんだから、注意しないといけないのは二人とも、分かるよね? 僕でさえ『えっ』て思ったんだから、他人から見たらもう……はっきり言うけど、婚約者が交流目的と花嫁修業で来ているとしか思われないよ」
「「えっ」」
「えっじゃないよ」
私と緋凰の反応に呆れている春日井だが、まさかそんなに内容飛躍する!? お出掛けしているのを見られた場合、いってもせいぜいお付き合いしてるとか、そのくらいだと思ってたんだけど!?
「コイツと婚約なんざする訳ねぇだろ!?」
「それはこちらの台詞です! 何が悲しくてそんな根も葉も芽もない与太認識されなきゃならないんですか!?」
「だからそれくらい危険なことだって言っているんだ。周囲の認識が本人の意図しないところで、巡り巡って首を締めることになる。陽翔に聞くけど、僕が学院で女子と一対一になっているの、見たことある?」
「ね、ねぇ」
「そうだろ? 勝手に憶測立てられて吹聴されたり、それを利用されて外堀を埋められたりされることが迷惑だから、いつも気を付けているんだ。まぁ奏多さんは二人を信用して許可したんだろうけど……」
春日井も自分に出された飲み物を口にした。
彼のはレモネードである。美味しそう。
「陽翔も、猫宮さんも。多分『周囲がそう思っても本当は違うんだし、まあ大丈夫か』くらいに思ってると思うんだけど」
言われたお互いの肩が揺れる。そして次に春日井が放った言葉は、お互いにとって自分たちがどれほど甘い認識をしていたのかを思い知らされる刃となった。
「それが本当のことじゃなくても。絶対に、そうと思って欲しくない人は居るんじゃなかった? 二人とも」
「「!」」
「陽翔。彼女はちゃんと、そういう線引きをする人だよ。……かなり以前に僕がそれで言われた件、覚えてるだろ?」
「…………」
「猫宮さん」
「は、はい」
真剣な眼差しにひたと見つめられる。
「猫宮さんの運動能力的に、それが一番の方法だと考えたのは分かる。僕も連絡をもらった時にちゃんと聞いておけば良かったと思っている。そう。猫宮さんから来る連絡で、その時じゃなく切った後で君が突飛なことを言い出すのなんて、これまでの経験上すでに分かりきっていたことだった」
「ちょっと私だけ多くないですか」
「猫宮さんは濁さず言わないと、ちゃんと解ってくれないからね。初めに特訓を言い出したのは猫宮さんだし、それを引き受けた陽翔が効率を第一に考えて合宿の形にしたのは、聞いて本当にそうなんだろうなって判るよ。君たちとは何年の付き合いだと思ってるの」
「はい……」
「…………ハア」
溜息吐かないで下さい……。
ああ何かもう胃がキリキリしてきた……。
「想像してみればいいよ。彼がもし猫宮さんと同じことをしたら、君はどう思うのかを」
しろと言われたのでやってみる。
そして想像力が豊かな私はすぐに打ちのめされた。ショックなんて言葉じゃ片付けられない。
裏エースくんが見知らぬ女子と二人でイチャコラしながら仲良くしている(※私と緋凰はしていないのに何故かそうなった)のを見せつけられて、それを遠くから見ていた私は屍通り越して土に還って、風に飛ばされていた。
「ひどい! 私だけしかいないって、そう言ったじゃないですかああぁぁ……!!」
「何をどこまで想像してるの。ちょっと帰ってきて」
両手で顔を覆って嘆いていたら肩を軽く揺さぶられて、意識が現実へと帰ってくる。
「うぅっ……戻りました……。私……私っ、何てことを……!」
「……うん。まあ、そう言うことだよ。解った?」
「解りました……」
解ったことで、たっくんと再会した時のことも思い出される。
たっくんは緋凰と知り合いであることを裏エースくんに話しているかと聞いてきた。
あれは、あれはこういうことだったのか……! だったら言ってほしかったよ、たっくん!
あれ、でも待ってよ。たっくんは私が緋凰に受験の特訓を受けていることを知っただけで、宿泊しているなんて知らない。それなのにああ言われたということは……。
「ヤバい……。大魔王から破廉恥報復される……」
「もう一回帰ってきてくれる?」
真っ赤になればいいのか、真っ青になればいいのか。
取り敢えず再度スポーツドリンクを飲んで一旦落ち着いた私は、正座仲間も飲み物を飲んで落ち着こうとしていることに気付く。ちなみに緋凰のはウバのアイスティーだ。うん、今が旬で美味しいよね、その紅茶……。
同じ生活圏で過ごしているからか行動も何だかシンクロしがちになっている私と緋凰は、お互いに項垂れるしかなかった。
世間の想像力とは私達が思っている以上に真実から遠く飛躍するものだと、先生から教えてもらったのだから。




