Episode26-1 家族との温かな時間
真っ白な天井が目の前にある。
当然だ。何故ならいま私は、ベッドの住人と化しているのだから。
「あー……。頭ぼーっとする……」
寝返りを打つことも許されない私は、天井のシミを探すことしかやることがない。
しかしそのシミ探しさえ一つも見当たらないという、極限のつまらなさに死にそうになっているのが現状である。今ここ。
「インフルエンザでもないのに三十八度とか……。五月病……? 意味が違うか……」
大して面白くもない一人つっこみをしながら、ポーとする。
実は昨日、帰宅するのに車に乗って途中で眠ってしまったことは覚えているのだが、そこから先の記憶が全くない。欠片も覚えていない。
お兄様に寝てもいいよって言われたのは覚えているんだけど……。
「でもベッドにいるってことは、ちゃんと帰ってきたんだよね……? 何か泥酔した人みたいなこと言ってるわ」
記憶がないのはちょっと心配だが、それよりも更に心配なのは学校だ。
ただでさえ印象良くないのに始まって早々に休むとか。サボりかよって思われそうでヤダー。
「学校行きたい。たっくんとお話したい。リーフさんの手紙読みたい」
今やりたいことを口に出して言ってみたら、何か学校以外のことも口にしていた。
回らない頭であれー?と思いながらちょっと視線を動かし、心当たりのあるそれへと留める。
去年の冬にリーフさんが手紙と一緒に同封してくれた、美しくも幻想的な写真。
それは繊細な意匠を施された銀フレームの写真立ての中に納まり、私の机の上に飾ってある。
「サクレ・クール寺院かぁ。私も行って見てみたいなぁー……」
写真の中の白い寺院は夜の闇の中で淡く輝いているけれど、きっと青空の中で見る寺院も美しいに違いない。前世も外国に旅行しに行ったことは覚えている限りないので、これからに期待だ。
「でも、どうせならリーフさんと一緒に見たいかも」
手紙のやり取りはお兄様とそのお友達を介しているとはいえ、内容は書いている本人達しか知らない。
写真は皆見ているから仕方ないけど、でもそれ以外は二人だけの秘密って感じでちょっとドキドキする。
どこの誰とか、見た目も容姿が良いとしか情報がないけど、人柄はちゃんと知っている。
彼とだったら実際に会って話したり、どこかに遊びに行ったりしても、楽しいだろうなと思うほどに。
「はっやくお手紙こないかな~♪ わったしはいっますっぐ読みたいぞ~♪ ……ハッ!」
しまった。
「来るわけないじゃん。次私の番だった……! 馬鹿じゃん!」
何やってんだ私。
呑気に歌なんか歌っても来ないよ!
書かないと次が読めない、これ文通の鉄則!
私が寝返りを打てない原因である額の氷嚢をどかして体を起き上がらせるも、その途端クラっと頭がふらつき、体が横に傾いだ。
あっ、これヤバ……。
ボスンッと再び舞い戻ってしまったベッドの中で、「あーあー」と情けなく唸る。
こんな状態では、まともに文章は書けないだろう。
書いたとしても一番最初に書いたような、馬鹿丸出しの内容になるに違いない。いや、字が書けるのかさえこれだと怪しい。
「書く気はあるのになぁ」
何にも出来ないことに落胆しながら、目を閉じていつかの日を想像してみる。
どこかで会う約束をして、食事をして、話題の映画を見たり素敵なカフェでその感想を語り合ったり。話が合う彼との意見交換は、絶対に有意義なものとなるだろう。語り合った後は……、って。
「あははっ。やだー、何かデートみたいになってるー」
リーフさんとはただの文通友達なのに。
そう思って、けれど疑問が沸く。
……友達、だよね? きっかけはお兄様からのリーフさん対人関係克服という目的で始めたわけだけど、今はもう相談したりされたりの仲だし。
え、これでリーフさんに友達認識されてないと、全部私の独りよがりになっちゃう!? うっわー、それめちゃくちゃ恥ずかしい!
ぎゃーっと言いながら布団の中でゴロンゴロンしていると。
「……花蓮ちゃん」
「え? わっ、お母様いつの間に!?」
いつ部屋の中に入ってきたのか、眉をこれでもかと下げたお母様が手にボウルの乗ったお盆を抱えたまま、じっと私の挙動を見つめていた。
お盆をサイドテーブルに置いて、既に役割を果たしていない氷嚢を私の額の上に乗せ直す。
「熱があるのだから、やたらに動いてはダメでしょう。大人しく寝てなさい」
「はぁ~い。……お母様」
「なあに?」
「次に参加したい催会のことなんですけど」
「ダメよ」
「えっ」
私としては昨日のミッションが失敗に終わったわけなので、また機会を見て行こうと考えており、白鴎が出席しそうな催会を聞こうと尋ねたのだが。
「花蓮ちゃんが外出に積極的になってくれるのは嬉しいけど、それはもう少し成長してからにしましょう? 慣れないことをして、今日みたいに体調を崩してはいけないし。それに前にお話しているけど、家のことを気にして参加することはないわ。家は大丈夫だから」
こちらを安心させるような微笑みを見せてそう言うお母様に言い募ることは出来ず、諦めてコクリと頷くと、どこかホッとしたような表情になったお母様はそっと私の手を優しく握ってきた。
「今は何も考えなくていいからね。しっかり休んで、元気になってちょうだい」
「……はい」
ポン、ポンと軽くベッドを叩くそのリズムはとても心地の良いもので、大して眠くもなかったのにふわぁと欠伸が漏れる。
お母様の淑女教育では手で軽く押さえなさいと教えられてはいたが、今は病気だということで見逃されたのか、何も言われることはなかった。
「おやすみ、花蓮ちゃん」
おやすみなさい、そう返そうとしたけれど眠気には勝てず、私はそのまま深い眠りの世界へと誘われていったのだった。




