Episode253-2 緋凰式運動能力向上大合宿
「正直、まだ自分で納得できるほど俺のコミュニケーション力は鍛えられてねぇ。普段の社交でも必要ねぇトコには適当か無視してっからな。だからあん時お前が助言したことをあれから考えてみて、少しだけ夕紀の力を借りることにした」
「え? まさかあれ、春日井さまを参考にしてたんですか?」
「そうだ」
マジか。言われると確かに春日井っぽい態度だった気もする。
……あれ? 私、『私に対する』ってちゃんと言ったよね? 『お兄様に対する』へと、緋凰の中で勝手に変換されているようなのですが??
「……あの、私としてはですね。奏多お兄様の私への態度を見聞きしても、普通に対応して下さいってことをお伝えしたつもりだったのですけど」
「だからちゃんとやってんだろ」
訳分からんって顔をしながら言ってくるが、どう捏ねくり回しても私の頭上には、ハテナさんしか浮かばないのですが。豆電球さんが出てくる気配もないです。
「えー……?」
「お前ホントに学力あんのか? 普通に対応しただろうが。バカもアホも鳥頭も言ってねぇ」
「それだけのために春日井さまの力を借りる必要あるんですか。緋凰 陽翔のままだと我慢できないんですか。と言うか貴方、そんなんすんの気持ち悪ぃとか前に言ってませんでした?」
「そりゃ時と場合だろ」
「何て自分勝手な臨機応変さ」
「二人とも、こっちは終わったけど」
ガチャリとドアを開けて顔を出してくるお兄様に二人揃ってビクリとし、けれど切り替えの早い緋凰が笑みを浮かべて、「寛げて頂けそうですか?」と返答して会話を始めたのを横目に、私は鳥肌が浮かぶ腕を擦った。
兎にも角にもお兄様が滞在する本日一日だけは、春日井を演じるコレジャナイ緋凰に付き合わなければならないようである。
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宿泊に関してのある程度の説明を聞いた後は、「いざ特訓!」――と言いたいところだが、その前にこの一ヵ月でどんなメニューをこなしていくのかの計画表が配布されて、緋凰による特訓メニュー説明会が開催された。
「……――という構成でこの一ヵ月、陸上コースでの実技に備えて十分に基礎を固めていく方針を採り、限定された時間に集中して行うということで計画しています」
私はそれを見て聞いて、結果唖然とした。何故ならばそれは、とても真っ当なスケジュール組みだったからだ。
てっきり一ヵ月ずっと丸々詰め込みに詰め込むものと想像していたのだが、何もしない休息日もキッチリと取ってある。
特訓メニューも細分化され、分刻みのタイムスケジュールで記載されているばかりか、起床から就寝までのあれやこれやまで徹底管理されている。
ここまで過密に細かく練られていると、ある種の神経質を疑う。確かにスイミングでも熱血指導という感じではなかったけれども。
……いや、あの時は春日井夫人の指導法に順じていたからかもしれないが、それにしてもである。計画表だけでこの徹底ぶりときた。
何かコイツ、突き抜けたら何をするにしても極端じゃない?
管理体制が過ぎること以外には文句のつけようもない計画表は、それをジッと見つめていたお兄様でさえ、何も言えないほどの代物だった。強いて言えば、「すごいね……」とポツリと一言漏らしただけだった。
「何か引っ掛かるところがあれば、どうぞご遠慮なく仰って下さい。改善案を新たに出します」
「あ、いや……うん。僕はスポーツに関しては自分の感覚で、指導と言う点では明るくないから、まあそれも本人の頑張り次第だと考えているんだ。だからこれに関しては、初めから口出しする気なんてないよ」
お兄様の考えに同意するように私も頷く。
「ちなみにこれ、基礎固めでしたら香桜でも練習できる内容ってありますか?」
「ああ。中長距離走だと陸上トラックがあればだが、短距離走だったらどこの平地でもできるから問題はないよ。後でチェックを付けておこうか?」
「ソウデスネ。オネガイシマス」
返答言語が自然とカタカナになった。
そして計画表の説明が終了して所用がある緋凰が一旦退室した後、隣に座っているお兄様の顔がこちらを向いて、恐る恐ると言うように。
「……どうしたの?」
「何がですか?」
今まで微笑みを浮かべていたお兄様だが、今は奥歯に物が挟まったような、痒いところに手がギリ届かないような、そんな表情を浮かべていて。
「何か、あんな緋凰くん初めて見たんだけど。初等部に通っていた頃は挨拶も真顔でしてたし、あんな良い笑顔なんて今まで向けられたことなくて。彼が僕相手に緊張するとも思わないし、それに花蓮から聞いていた話とも全然態度が違うし。……何か辛いことでもあったのかな? 話を伺いたいとか言われたし、後で聞いてあげよう……」
「…………」
コレジャナイ緋凰にダメージを喰らっていたのは、実は私だけではなかったようである。




