Episode252-2 夏合宿の許可条件
「貴方に用事があって電話したのは私ですよ。頑張りは別に聞いてもいいですけど、一先ず私の用件を聞いてからにして下さい」
『あー……そうだったな。合宿の件か?』
「あら、話が早くて助かります」
『それくらいしかお前が俺に電話する用事ねぇだろ』
ごもっともで。
お前もお前で私に連絡して来ないけどな。
「合宿の許可が降りた際に条件が付いたと以前連絡したかと思いますが、その件です」
『保護者付きってのか? 別にいいっつったろ。こっちは問題ねぇよ』
「いえ。保護者とは申しましたが、誰がというのをお伝えした方が良いかと今更ながらに思いましたもので」
『とに今更だな。どうせお前の兄貴か、雇われの人間だろ?』
その通りです。連絡する時にどうしてもお兄様とは言えず保護者と言ってしまったが、これも私と緋凰の精神衛生上のためである。
意を決し、一思いのシンプルに保護者名を告げた。
「百合宮 奏多が来ます」
……。
…………。
暫く待っても応答がない。
「あの、百合宮 奏多が…」
『聞こえてる』
その遮り方は二度まで言うなと言われたも同然。
電波の向こうで一体何を考えていたのか、少ししてから静かな声が耳に入ってくる。
『……親戚だったな。お前、あそこの兄妹とは親しいのか』
親しいも何も、私もあそことは兄妹です。
しかし不思議だな。今までの情報を拾い集めれば私が親戚でも何でもなく、百合宮家の人間だと緋凰なら気付きそうなものだけれど……。
何となく疑問に思いながらも、携帯を耳に当てたままコクリと頷く。
「そうですね。仲良しです」
『親交行事で手伝いに呼ばれるわ、令嬢からは嬉しそうに引っ付かれてるわを見てたらな。百合宮先輩は間違いなく誰からも信頼される人間だ。……そうか、あの人がウチに……』
「緋凰さま?」
先程までの浮かれた様子はどこかに消えて、代わりに届き出したのは僅かな焦燥。
『百合宮先輩は……いや、何でもねぇ。そうだ、男なら正々堂々だな』
何事かを聞こうとして止め、正々堂々とか意味不明なことを呟き始めた。一体何の話をしているのか。
『分かった。早めの連絡助かった。礼を言ってやる』
「再びの秒手の平返し。いえ、私もお伝えできて良かったです。と言うかあの……おに、奏多お兄様と何かあったんですか?」
『別に。ただ……俺が一方的にあの人のことをライバル視しているだけだ。あの人は俺のことなんざ、ただの学院の後輩としか思ってねぇだろうし。お前が気にする必要はねぇ』
ん? 何で緋凰がお兄様をライバル視?
何がどうなっているのかさっぱり訳分からん。
聞いても答えてくれそうにない電話越しの雰囲気に、仕方なく用件を続ける。
「まぁそれでですね、奏多お兄様は実の兄のように私のことを可愛がってくれておりまして。それはもう実の兄妹のようだと言われております。ええ。女子である私が男子の家に長期間お泊りするのを心配して、保護者として付き添って下さるほどの仲良しさです」
『そうか。百合宮先輩の唯一の欠点は、愛玩対象が宇宙人てことか』
「そのゴミみたいなデータは今すぐ頭から消去なさい。ですから奏多お兄様は私に対して、過保護と取れる言動をされるでしょう。奏多お兄様がいらっしゃる時だけは、私に対するそれ相応の態度と対応をよろしくお願いします」
実際にあの時の私とお兄様のやり取りを見ている訳だし、そう言い含ませておけばもしもお兄様の口から、「ウチの妹がお世話に」と出ても、「実の妹のように可愛がっている親戚がお世話に」ということで、“実の妹のように可愛がっている親戚”のものとして受け取り、変換される筈。
後は用心深く、お兄様に私の現在進行形非常識がバレないよう注意して見ていれば完璧! 瑠璃ちゃんのお受験家庭教師が予定に組み込まれたため、本来なら数日と言っていたのが一日になったのだ。
何だかんだで百合宮家の長男の夏の予定は詰まっている。初日さえ乗り切ることができれば、後は何も問題ない。
さすが私。全国でも学力テスト上位成績者なだけのことはある。何て頭が良いのだ!
そうして自身の立てた完璧な作戦に鼻高々でいたため、未だ通話中のスピーカーから、
『それ相応の態度と対応、な……』
と復唱しただけなのに、どこか不穏さが滲む呟きが漏れ出ていたことには、不運なことに最後まで気付くことはなかった。




