Episode252-1 夏合宿の許可条件
何だかあっという間に夏休みがやって来た。
去年の冬休みに依頼した緋凰式運動能力向上大合宿は八月に入ってからなので、まだ入ったばかりの七月下旬は一応自由である。
そして自由であるこの七月中に、合宿が始まる前に何としてでも解決策を模索しておかなければならないことがある。
私が緋凰家への合宿をするにあたり付いた一つの条件、イコール私が絶賛悩んでいたこと。それが――
「―― お兄様による、一泊限定付き添い有り……っ!!」
年頃の男女が一つ屋根の下(※他にも人は住んでいる)で何日もお泊りとか、普通に考えなくても当たり前に心配されることだ。
お父様は悪くない。分かる。私だって家からの通いのつもりでお願いした。私と友達の息子を信頼してくれたお母様ありがとうございますだし、心配して反対してくれたお父様もありがとうございますである。
それなのに緋凰 陽翔という名の非常識は、生物学上れっきとした女子である私を自分の目には女子に見えないという、何とも非常識な理由で通いから泊まり込み合宿へと変えやがった対私常識捨て野郎。こちらから頼み込んだ手前あれ以上の抵抗はできなかったし、へそを曲げられて発言を翻されでもしたら困る。
緋凰にとっては効率に焦点を当てた善意ほぼ百パーセントの申し出だとしても、私からしたら人との距離感を見誤った、強引コミュニケーション俺様ゴーイングマイウェイだとしか言えない。
そんな非常識野郎と比較して私はと言うと、最初に緋凰と遭遇した時に関わり合いたくないからと偽名を名乗り、正体バレしないためにと素顔もゴーグル&リアルマスクで、徹底的に隠してきた。
……うん、よく考えたら私もそれなりの非常識をしている。
…………うん? よくよく考えてみたら、私と緋凰はどこか似ているところがある。
人とのコミュニケーションがどうのこうの、タイプは違うがお口に問題(私は緩々、緋凰は畜生)があるのもそうだし、演技レベルも客観的に高評価。そして何かあったら春日井に行く率も高い。お互い何かしら非常識している。
えっ、マジか。何てことに気付いてしまったんだ。よくよく考えなければ良かった。
閑話休題。
つまり前々から何にすこぶる悩んでいたのかと言うと――――
私を百合宮家の長女だと知らない緋凰と、妹が六年もスイミングでお世話になった緋凰相手に自己紹介もしていない且つ、非常識を今なお現在進行形でしているとは思わないお兄様が同じ場に会してしまうという、「何それマジ最悪じゃん」なことになってしまうのだ!!
お兄様の発言次第では緋凰にひた隠しにしてきた私の正体がバレてしまうし、緋凰の態度如何では、未だ彼に自己紹介もせず非常識をし続けていることがお兄様にバレてしまう。
緋凰に関しては特訓合宿で八月中は毎日顔を合わせるが、四六時中ずっと一緒ということはあり得ない。ずっと一日中特訓をする訳ではないだろうし、他に予定を入れないとは言っていても、それでも外せないものがあったりするだろうから。
問題はお兄様だ。ただでさえ瑠璃ちゃんの件でお説教されたのに、バレたら激おこ不可避。最悪合宿の話は無しとなってしまうかもしれない。
非常識を積み重ねてきた末の自業自得と言うなかれ。
「……どうしよっかなぁ」
自室の机に頬をペタリとつけて、冷やっこいそれがすぐに体温と同化するのを感じ取りながら思い悩む。私が百合宮家の長女であるということは、緋凰に特訓を頼もうと決めた時点で明かすべきだとはそもそも考えていた。
高校を卒業してからという約束は反故となってしまうが、遅かれ早かれだ。同じ学校に通うとなったら、もうそう認識してもらった方が良い。
無事に紅霧学院に合格を果たした段階で、正直に九年越しの自己紹介をしようと切り替えた矢先のコレ。
もうどちらかに正直に言って話を合わせてもらうしか方法がない。ならば、どちらがよりダメージを私が受けなくて済むのか。
うーんうーんと頭を抱え込んで唸りながら思考していると、そう言えばとふと思い出す。
「あ。私が亀子の時にお兄様と緋凰、少しだけど会ってるじゃん」
私達が六年生時の聖天学院親交行事。事件が発生していた場でパンダでありながらも緋凰に亀子だと正体バレした後でお兄様が現れて、教師に説明を求められた際にお兄様は私のことを親戚の子だと言っていた。
そしてあの時の緋凰は特に驚くことなく、私を百合宮家筋の人間であると認めていた。
と言うことは彼はいつの間にかどこやらで、私がどこの家の者かをあの時点である程度把握していたのだと推察できる。ただ、“百合宮家の長女”であるとは知らないだけで。
そうとなれば協力を仰ぐ先は決まったも同然。注意する先は一人に絞れる。
机から顔を離して携帯を手に取り、交換してから一度しか連絡をしていないし向こうからも来ない番号を呼び出して、受話器アイコンをタップする。
器械的な電子音を耳にしながら待つこと五コールくらい。『何だ』と端的な応答をしてきた彼の声音に、おや?と眉が上がる。
「ごきげんよう、緋凰さま。何か良いことでもありました? あと今お暇ですか?」
『暇じゃねぇけど少しなら話せる。つか何で分かった』
「だって明らかに浮かれているのが声に滲み出ていましたよ。……もしかして緋凰さま、そんなに私からの連絡を心待ちn」
『暑さで頭がやられたか宇宙人』
皆まで言う前に抑揚のない暴言でぶった切られました。
あり得ない前提の冗談じゃん、冗談。そうだって言われたら、逆にこっちが「えっ……(引)」てなってたよ。
『ふっ。だが丁度いい時にかけてきたな、亀子。まあ聞いてけ。……俺は着々とアイツと仲の良い友人との距離を縮めているぜ』
「アイツ? ……ああ、好きな人のことですか。本人じゃなくて友人との距離を縮めてどうするんですか」
『あ? 何言ってんだ。共通の友人が間に入ることによって、俺が直接話し掛けても大丈夫な状況が大幅に作り出せるだろうが』
「え、何その外堀囲い込み作戦。こわ……」
『何か言ったか』
「何も言っていません」
つまり好きな子のお友達と仲良しになれたことが色々と嬉しいのだろう。情報を得られるとか協力してもらえるとか、あとはやっと春日井以外のお友達ができそうなこととか。
『出先に到着するまでの時間にはなるが、俺の頑張りを聞かせてやってもいいぜ。夕紀に一番に報告したかったが、まあ亀子も関係者だしな』
どんだけ私に聞かせたいんだよ。
何か当然のように関係者扱いになっているが、コイツの中で私は一体どういう位置づけになっているのかがもの凄く気になる。確かに麗花との婚約フラグを折るために、色々と口出ししてはいるけど。




