Episode250-2 新生【香桜華会】
そんなことを思いながらきくっちーペアに合流したのを無事見届けて、私も私が向かうべきところへと足を踏み出す。
「麗花さん、竹野原さん。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごっ! ごきげんよう!」
ポッポお姉様に対する初期の桃ちゃんのようなド緊張した挨拶を受けたので、優しいお姉さんを意識した微笑みを向けるが、何故か下にパッと俯いてしまった。ありゃりゃ。
仕方がないので麗花へと現状確認を行う。
「どこで引っ掛かっている感じですか?」
「特に引っ掛かるということはありませんけれど、練習の度に少しずつ音程が」
敢えて皆まで言わずに、そこで彼女は言葉を切った。
歌うのは去年のイースターと同じ曲なので、きくっちーの場合は少々音程が外れていてもギャ音ではないからマシっちゃマシだが、それでも聞いた限りでは俯いている竹野原 祥子ちゃんの方がよく歌えている。
彼女が音痴でないことはチャーリー先生に確認済みなので、そうなると原因は限られていた。
麗花と再度視線を交わすが、彼女は静かに見つめ返してくるのみ。麗花も祥子ちゃんが音程を外してしまう原因を解ってはいるが、どうにもならないとして本人に乗り越えさせようと、敢えて練習を続けさせているのだろう。
……何だかなぁ。姫川少女と足して二で割ったら丁度良いのになぁ。
このままだと祥子ちゃんの場合より落ち込んで音程を外しそうなので、一人重い空気を背負いこんでいる彼女の緊張を緩和させようと話し掛けた。
「竹野原さん。少々音程を外すくらい何てことないですよ。ほら、あそこをご覧なさい。音痴が過ぎてメッゾピアノが音楽用語とも認識できなくなっている我らが会長が、『姉』の威厳も何もなく、後輩に教わる始末です。後から冷静になれば皆がいる場で堂々と恥ずかしい返答をした我らが会長は、今も堂々と振り切って音程を外しまくって…………悪化しましたね」
「ふふっ」
取り敢えず本人の与り知らぬところできくっちーに犠牲になってもらえば、無事に緊張感が緩んだので結果オーライ。我らが『花組』の会長は親しみやすさが売りなので、少々ネタにさせて頂いても問題はないのだ。
気が緩んだところで今ならイケると思ったのだろう。麗花が楽譜を閉じて、祥子ちゃんと向き合った。
「竹野原さん」
「! は、はいっ」
「私も【香桜華会】ですので、中等部生全体の模範となるべく、常にそこから外れないように心掛けておりますわ」
「はい……」
しょんぼりと肩を落とす祥子ちゃん。そんな彼女を見つめたまま、麗花は――。
「――絵がカブトムシと言われますの」
「……え?」
「私が何も見ずに描いた絵は、ことごとくカブトムシだと言われますわ!」
「か、カブトムシ??」
突然出された脈絡のない話に、目をパチクリとさせるしかない祥子ちゃん。しかしそんな彼女の反応もどこ吹く風で、麗花は核心に触れた。
「ですから、私も完璧ではなくてよ」
「!」
「私が完璧であるように見えるのは、そう見せることができているのなら、上手くいっているということですわ。私の『妹』だからと、貴女まで私にならなくてもよろしくてよ。貴女には貴女だけの魅力がありますもの。貴女の魅力に惹かれて、だからこそ私の『妹』になってほしいと打診したのです。……私は貴女にとって、困った時に貴女が一番に頼れる『姉』でありたいと、そう思っておりますわ」
祥子ちゃんはハッとし、一瞬だけ困ったような表情をしたものの、すぐに持ち直して「はい!」と強く頷いた。
――――彼女が練習する度に音程を外していたのは、麗花という完璧な『姉』に教わり、彼女に認められるかどうかという極度のプレッシャーからきているもの。
要は自信がなかったから自信を持って歌えず、プレッシャーが掛かるばかりで悪循環に陥っていたのだ。
本人にそのつもりはなくても『姉』からの言葉がプレッシャーに感じてしまうのなら、麗花から何か言葉を掛けても無意味。だから緩和剤として私が行く必要があった。
麗花よりはまだ私の方が親しまれやすいからね! 麗花は同学年から転がされないけど、私は転がされるからね!
「花蓮」
呼ばれたので麗花と目を合わせれば、彼女は微笑みを乗せて私にお礼を告げてきた。
「助かりましたわ」
「どういたしまして!」
こうして私達『花組』が『姉』となった新生【香桜華会】は、色々と手探りしながら皆で新たなスタートを切ってゆくのだった。




