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Episode249-2 希望のある未来


 ハッと目を見開くと、こちらへと顔を戻した桃ちゃんが笑って告げる。


「一人でよく頑張ったなって言ってくれた。葵ちゃんの時は桃、泣かなかったよ。むしろ葵ちゃんが泣いちゃって。他の人が泣いているの見ると自分は冷静になれるんだって、初めて知った。あと、嬉しかった」


 そこで自分が資料をクシャってしまっていたことに気づいて、皺になった箇所を指で丁寧に丁寧に伸ばしていく。まるでそれが、大事な宝物であるかのように。


「麗花ちゃんも花蓮ちゃんも、葵ちゃんも。桃のこと逃げた臆病者って言わずに、頑張ったって褒めてくれたから。皆同じこと言ってくれるんだなって、すっごく嬉しくなった。あとね、最初に葵ちゃんとケンカして有耶無耶になっちゃったこと、やっとちゃんと本当に謝ることができたの」


 入寮する時は皆私服姿だったから、ボーイッシュな恰好をしたきくっちーを男子と勘違いした桃ちゃん。

 「何で男の子がここにいるの!?」と泣いて物を投げつけまくってきた桃ちゃんに対し、女子らしくなろうと意気込んで自分が男子と見られることがある意味タブーとなっていたきくっちーが、それにブチ切れ。


 部屋が隣であったためにその騒ぎがよく聞こえ、心配になって麗花と二人で様子を見に行ったら壁に追い込まれてわんわん大号泣する桃ちゃんと、


「オレのどこが男だってんだ! <ピ――――>なモンはどこにも<ピ――――>ねーぞ! 見るか! 見せてやろうか!?」


 とどこの変態露出狂だと言わんばかりに、自分の<ちょっと説明がピ――――>を掴んで、今にも<説明したくないピ――――>としているきくっちーの姿がそこにあった。

 そんな光景を目にしてこれは一体何なのだと、生粋のご令嬢である私と麗花は最初そこに宇宙(コスモ)があるとビビったものの、本当に行動に移し始めたきくっちーを見て慌てて仲裁に入ったのだ。


 だから私はこの子関っちゃダメな子だと思い、その時の私の仲裁対応できくっちーに理想のご令嬢としてロックオンされ、追い掛け回されるという経緯になるのだ。同じクラスだと判明した時はマジかと思った。


「二人の事情知った今だから言えるけど、あれはお互い様だったんだなって思うよ」

「……うん。桃のこと話したら、葵ちゃんも話してくれたから知ってる。桃、あの時すごく酷いこと言っちゃったんだって、すごく反省した。今更だけど」

「今更でもちゃんと反省して謝れるのは、すごくて偉いことだよ、桃ちゃん」

「えへへ。うん。今ね、だからすっごく心が軽いの! 最近はクラスの子とも少しずつちゃんと話せれるようになってきて、皆良い子ばかりだから、桃のことちゃんと待ってくれるの! そんな時、自分がちゃんと前に進めているんだって思える瞬間があるのが、とっても嬉しくて。だから、皆がいるから大丈夫って思う」


 首を傾げて続きを促すと、少しだけ惜しむような、けれど嬉しそうな顔をして彼女は私に告げる。


「桃は大丈夫。葵ちゃんがいて、皆がいて、お姉様たちもいらっしゃる。それに『妹』もできるんだもん。だからね、この一年間は思いっきり楽しむって決めたんだ! 麗花ちゃんと花蓮ちゃんがいなくなっても、桃はちゃんと皆と高等部で頑張っていけるって、二人に安心してほしいから」

「桃ちゃん」

「あ、無理してるとかじゃないよ! 本当だもん!」


 疑っていると思ったらしく焦ったように言われるが、私は首を横に振ってそれを否定した。


「違う違う。私と麗花はね、もう安心してるよ」

「……え?」


 目を丸くする桃ちゃんに少々申し訳なくも、あの日のことを告げる。


「実は私、見たんだよね。桃ちゃんが一年生の教室の前で、指名打診のコソ錬してたの」

「え」

「実は私だけじゃなくて、千鶴お姉様もいて」

「え!?」

「麗花にも桃ちゃん頑張ってたよって、教えちゃった」

「えええ!!?」


 びっくり仰天する様子を見つめながら、教えた時の麗花のことを思い出す。彼女はそれを聞いても特段驚くこともなく聞き終えた後、とても嬉しそうに笑って。


「『ならもう、撫子は大丈夫ですわね』って、麗花言ってたよ」

「――!」

「桃ちゃんが“頑張っていた”のは話を聞いて感じたことだけど、“頑張っている”のは、この目で見てきたことだもん。辛くても負けない強さを持っている桃ちゃんの姿と気持ち、ちゃんと私達に届いてるよ」


 皺を伸ばす前の資料のようにクシャりと顔を歪めて、小さな顔に嵌まる双眸からポロポロと涙が零れて資料を濡らしていく。


「桃ちゃんが周りにいる子のことを“味方”だって思っていることが、もう全然違う。本心でそう思っているって分かるよ。……周囲に手を伸ばすことを諦めないで。ちゃんとその手を掴んでくれる手が、桃ちゃんの傍にあるから」

「うんっ……!」


 ハンカチを手渡して涙を拭う桃ちゃんを見つめながら、以前に彼女から聞いた話を頭に浮かばせる。



『ここ、女学院で男の子との出会いって基本的にないから、帰省以外だと修学旅行になるんだって。それでね、修学旅行先、毎年どこかの学校とかち合うみたいなの』


『それで、そのかち合う中でもよく一緒になるのが、何か知らないけどアイツが桃に対抗して受験した男子校で』



 ――修学旅行。学校に通う上での一大行事とも言えるこの三泊四日という日程の三年生限定イベントは、香桜では十月に行われる。

 九月の香桜祭というこれまた大行事の後の話なので、間に他の行事もなく【香桜華会】としても落ち着いた時期だから、お姉様方も浮足立っていた。



『香桜とも肩を並べられる、有名な男子校だよ。――――有明学園中学高等学校』



 桃ちゃんのためを思う。

 かち合わなければいいと。


 彼女の人に対する不信さは少しずつ取り除かれ、私達以外の人と関って笑顔になることも増えている。沢山の味方を作って声を上げ続けるしかないけれど、その瞳の輝きは強く煌めいている。


 もしもの時は力になる。私も麗花も、きくっちーも。

 力を合わせたら怖いものなんて何もないのだから。


「これから思いっきり一年を楽しもう、桃ちゃん!」

「うん!」


 涙を拭き終えた彼女と笑い合い、そうしてようやっと――――アンティークの扉が開かれた。



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