Episode244-2 そこでなければダメな理由
私だってちゃんと自分の能力は解っている。自分のことなのだ。その上でお願いをしている。
不安を煽るようなことを言われて、「はい、じゃあ止めます」という弱い覚悟でここに来たりしない。
「私は入学資格があったにも関わらず、聖天学院には通いませんでした」
いきなり飛んだ話に訝し気な顔をされる。
「緋凰さま。私と交わした約束を覚えておられますでしょうか?」
「……約束? 何かあったか?」
「私の素性についてです」
ピクリと、僅かに眉が上がった。
「元々私は、初等部の頃から聖天学院に通う気はありませんでした。とてもではありませんが、自分の肌には合わないと思ったのです。家と家の繋がりだとか、自分の家が他の中でも上位にあるのは、幼心にも分かっておりましたから。幼少の頃はこれでも複雑な家庭環境だったんです。言われるがまま、両親に薦められるがまま入学していたら、きっと私は今のように自分を出すことなく――――自らの意思を持たない、操り人形のようにそこで過ごしていたことでしょう」
『何と言いますか、私自身、兄との出来を比較されるのはそれどころじゃなかったからと言うか、他のことで頭が一杯だったので、兄と比較されてどうこうというのはそんなに思いませんでした』
秋を迎えるよりも少し前、ポッポお姉様とそう会話したことを覚えている。けれど、もし。
両親が私の意見を取り入れてくれることなく、いや、一応鑑みた上でも聖天学院に行かされていたとしたら、きっと私はそうなっていたと思う。
兄と……お兄様と同じ学校ではなかったから。入学する年ではまだ初等部の六年生で、学び舎は重なっていた。
当時から神童と呼び名高かったお兄様だ。記憶を思い出して何とか色々なことを回避しようと学院内で動こうとしても、“百合宮 奏多の妹”の立場がそれを邪魔する。
“百合宮家の令嬢”としてばかりでなく、私の取った行動が、兄であるお兄様の評価にも直結するから。何が聖天学院で見せるべき正しい姿、相応しい姿かなんて。
お兄様と違う学校だったからこそ私らしくいられた。楽しい日々を過ごすことができた。周りにいる人たちから、受け入れて貰えることができた。
改革をされて、お兄様個人の評価は更に高まっている。鈴ちゃんも一度だけやらかしたけど、彼女も要領よく“百合宮家の令嬢”の評価を落とすことなく過ごしていると聞いた。
突然湧いて出る“百合宮家の長女”なんて、そりゃ確実に色んな目で見られることになる。香桜でさえ病院に入院していただの手術してどうたらだのと言う噂が発生していたのだ。
だからこそ余計に……銀霜でも紅霧でも聖天学院に通うのであれば、乙女ゲーのことを抜きにしても覚悟して臨まなければならない。
「例え有数の女子校である香桜女学院からの進学だとしても、内部生の方々には余所者として映ることでしょう。それは他校から外部で受験する方々も同様です。私だけの話ではありません。加えて紅霧学院で求められている条件の運動能力が低いこと。理解しています。私を知る人達からは、先程の貴方のように無謀だと言われております。ですが、それでも。――それでも紅霧学院でなければならないのです」
麗花が言ったから。紅霧学院を受験すると。……自分が儚くなるかもしれない場所に行くって、言ったから。
目の前にいる緋凰 陽翔なら大丈夫かもしれない。けれど確定ではない。絶対に大丈夫だと言いきれない。
知り合って過ごした六年間で接し、見てきた彼を信用していない訳ではない。麗花に対しての敵認定はしていたけれど、本当に彼女の敵にはなっていない。
理由なく人を嫌うような、そんな人物じゃないと。ちゃんともう知っているのにだ。
「……緋凰さまにこうして頼みましたのは、貴方が約束を守る方だからです。素性は調べようと思えばそれが可能ですのに、お約束したあの日からずっと沈黙して下さっています。だから、ごめんなさい。甘えさせて下さい。生半可な覚悟で紅霧学院を受験すると言っていません。諦めたくないです。お願いします。受験するまでの期間でこちらに帰省できる夏休みしか、お願いできないんです」
そこまで言って、緊張しながらジッと待つ。
ずっと沈黙して話を聞いていた緋凰は、ハァと小さく息を吐いて。
「銀霜じゃなく、紅霧じゃなきゃダメな理由は?」
尋ねられると思った。理由なんてそんなの。
嘘や誤魔化しは言えない。言ってはいけない。
誰よりも、目の前にいる彼には。
「――――守りたいから」




