Episode243-2 花蓮の当て
何故紅霧学院だったのか分からない。ゲーム上の設定だと言われればそれまでだが、ここは私にとっては現実の、生きている世界そのもの。わざわざそちらを選んだ何らかの理由はある筈だ。
そして受験校を決めてから、度々考えることがあった。……私が麗花と同じ高校であったなら、迎える結末は違ったのではないかと。
ゲーム内では学院が違ったから、“花蓮”と“麗花”の関係は記されることがなかった。同じファヴォリ。同等の家格。
性格は正反対の二人だとしても、初等部・中等部で一度も関わらなかったことなどない筈だ。正反対でも同性で、似た二人であったのだから。
どういう意図の質問かと見定めている沈黙を、静かに受け止める。
長らく知っている仲だとは言え、向こうにとって『猫宮 亀子』は、未だ素性のはっきりとしていない存在。素性を明かせば早い話になるだろうが、多分まだその時じゃない。
彼が知っている“私”で話さなければ、壁を作られる気がする。
「同じことを夕紀にも聞いたか」
「いえ。これは貴方にしか聞きません」
何故なら、春日井は緋凰に付いていくと思っているからだ。
緋凰と比較されて負の感情が少しずつ降り積もっていっても、親友として傍に在り続けた春日井ならば、彼以外に気を許せる人間がいない緋凰を独りにはしないと考えた。
色々複雑な想いを相手に抱いていながらも、春日井もまた――緋凰のことが好きだから。
「……分かんねぇな。“緋凰”と関りを避けるお前がンなこと聞いてくんの。別にお前、俺のこと好きでも何でもねぇだろ」
「スイミングの元生徒として元先生に多少は感謝し、尊敬しております」
「盛大に感謝しろや」
お前が勝手に先生役として居付いたくせに何を言っている。恩着せがまし過ぎて、横にあるクッション投げつけ天誅したくなってきました。
どうしても二人だと真面目な空気が口を開くと続かないので、ソファにだらしなく踏ん反り返る格好になった緋凰が大きな溜息を吐いて、答えを告げる。
「紅霧学院だ。変更はねぇ」
「そうですか」
……そうか。やっぱり、そうなのか。
答えを耳にしても、麗花の時のような焦燥も不安もなかった。私が何とかしなければという想いが強くなっただけだ。
だらしなく座ったままの緋凰へと居住まいを正したままの私は、そしてようやく本題を口にする。
「ならば緋凰さま。高位家格の筆頭御曹司である貴方がお忙しいのは重々承知しておりますが、来年の夏。貴方のお時間を私に頂くことは可能でしょうか?」
「……あ?」
ガラの悪いお返事は無視して続ける。
「貴方ほど人に鬼スパルタな人間であれば、自分の受験なんてお茶の子さいさいでしょう。それも外部ではなく内部受験での進学ならば、内申点で突破できる筈。内部生の受験事情なんてものは兄から聞いて把握済みです」
「おい」
「外部生の受験苦労より全然楽じゃないですか。受験勉強をしなくていいんですから、家のあれこれだけで済むのならぶっちゃけ夏休み、暇じゃありません? 暇ですよね??」
「宇宙人」
「ぶっ!?」
いきなりクッションを投げつけられてモロに顔面ヒットした。
私は天誅しなかったのにこのド畜生が!
「何するんですか! か弱い女の子である私にクッション投げつけるとか、畜生で外道の所業ですよ!?」
「どこがか弱い女子だクマ面宇宙人が。外も中も宇宙人が。忙しいのは重々承知ぃーからの、暇だろまでの秒手の平返しがこのクソ宇宙人が」
「女の子にそんなクソクソミソミソ言うから、いつまで経っても春日井さま以外のお友達ができ……はい、チャックします」
再びクッションを掴んできたのでお口チャックして、先程投げつけられたもう一つのクッションを抱えると、チッと舌打ちされた。
おい。ガラの悪さが年々悪化しているぞ。
「ったく、話の流れが全然見えてこねぇ。つまり何だ? 中三の夏に俺と会いてぇってことか?」
合ってはいるけど、何か嫌な言い方だな。
言った本人も後から変な顔をしている。
「緋凰さま。私は香桜女学院から聖天学院付属を外部受験すると決めています。ですから貴方にどちらの学院を選択するのかをお聞きしました。もし銀霜学院であったのなら学力重視ですので、お頼みするのはあれでも難しいかと思ったのです。ですが、貴方の進学先が紅霧学院ならば問題ありません」
「紅霧でも問題あるだろ。俺の都合どうなった」
「緋凰さま!」
あの受験先を決めた日、寝ずに考え思いついた当て。
――――それが!!
「私が紅霧学院に実技点で合格するために、ぜひ! 『ひと夏の緋凰式鬼スポーツ大特訓』を! お願いしたく!!」
「いいか亀子、人には得手不得手ってもんがある。お前には無理だ。どっちかっつーんなら銀霜行け。まだそっちの方が確実だ」
私の当ては相手から考慮されることもなく、秒で撥ね退けられた。




