Episode242-2 贈り合う言葉
一期一会。
大切にしたいと仰って下さった。大切に、して下さった。
香桜祭の日のあの青い空の下で、 “彼等”と関係を築けて良かったと。出会って縁を繋いだ人達を大切にしたいと。そう思うようになったのは、きっと。
「雲雀お姉様だけではありません。椿お姉様、千鶴お姉様、ポッポお姉様。『花組』の皆も。私にとってこの出会いと、ともに過ごした時間は――奇跡です」
香桜に来なければ出会うことはなかった。言葉を交わして笑い合うことも、ぶつかり合うことだってなかった。
麗花と一緒に学校生活を送ることだって。
「人の一生は限りあるものです。長い目で見れば、たった一年かもしれません。けれど絶対になくてはならない、必要な一年でした。必要な出会いでした。ここでお別れではありません。……雲雀お姉様。私はこの一期一会をずっと、ずっと繋いでいきます。『姉妹』の絆は進学で離れたとしても、失われるものではありませんから」
大切にしたいと仰って下さった。
大切にして下さった。
――私も、大切に
「雲雀お姉様。この奇跡を私に下さり、ありがとうございました」
自然と視界が滲んだ。お別れではないと言ったけれど、 一つの“終わり”ではある。
目の前で優しい笑みを浮かべている『姉』もまた、『妹』の言葉を聞いてその瞳を潤ませていたことは、視界が滲んでいた『妹』には分からなかった。
『姉』から『妹』へ。『妹』から『姉』へと贈り合った言葉は、皆そこに込められた想いだけは時がどんなに過ぎ去ろうとも、きっと忘れることはない。
――――中等部【香桜華会】『鳥組』としてのお姉様たちと過ごす最後の日は、こうして幕を閉じた。
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クリスマス・イブに帰省し、夏休みと違って二週間しかない冬休みは、私にとって諸々の下準備期間となる。
家族のお出迎えを受けて束の間の休息を取り、そうして翌日には瑠璃ちゃんに連絡してダイエット訓練の予定を確認した。すると今年は去年と同様、春日井臨時コーチは家関係のご挨拶等で色々と忙しくなるようで、臨時コーチが訪問する予定はないとのこと。
春日井はどこぞのアポなし野郎とは違うので、いきなり米河原家へ連絡もなしに訪れることはないだろう。正コーチである麗花とバッティングの可能性は潰える。
「うん、分かった! あ、あと瑠璃ちゃん。多分私、この冬休みはあまりお家に行けないと思う。ごめんね」
『ううん、いいのよ。実は私もちょっと時間が取れそうになくて……』
「何かあるの?」
『以前から試食で色々と商品の意見を求められていたけれど、新商品の開発にも携わるようになってきたの。だから色々と考えることも出てきちゃって』
小学生の頃はまだ試食だけで、開発という責任が発生しそうなものには関わっていなかった瑠璃ちゃん。
彼女の味覚とその食に関する能力は食品製造業界では喉から手が出るほど欲しいものだろうし、本人も料理をすることや新メニューを考えたりすることは楽しいと言っているので、恐らく将来はその道に進むのだろうと思う。
ただ時間があれば、ちゃんと一人でダイエット訓練は続けるとそう最後に言われて、携帯から掛けた彼女との通話を終えた。
麗花もそうだけど、瑠璃ちゃんも自分の将来の姿を頭に描き始めている。やっぱり目の前のことで精一杯な私は、置いてけぼり感が半端ない。
……何と言うか、自分が将来どうなっているのかという姿が思い描けないのだ。ずっと断罪回避! 一家路頭回避!と、『高校を無事に卒業』というゴールを定めて走ってきたので、その先の未来を考える余裕がない。何になりたいと言うのも今のところないし。
そんなちょっとしたモヤモヤを生まれさせながらも、取り敢えずは最優先事項である『私・紅霧学院合格への道計画』を完遂すべく、その下準備のために自室から出て我が家の電話機の前に立った。
そしていつものように番号を押して待ち、保留音を聞いて暫くして。
『今日クリスマスだよ』
「開口一番に何ですか。知ってますよ。日付が日付でしたが、一応ものの試しで掛けてみて良かったです。お時間大丈夫ですか?」
『これから出掛ける予定があるから、呼び出しには応じられないけど』
「女の子とデートですか?」
『切っていいかな?』
春日井の中で私は一体どういう存在になっているのか、スルーする他にも年々私に対する雑な扱いが目立ってきたように思います。
まあ世間話という名のジャブはここまでにすることとして、本題を告げるために私は真剣な声を発した。
「すみません、春日井さま。少しだけ貴方にお願いしたいことがございます」




