Episode240-2 その日の冬の空は
「そんな顔をして私のこと見てるってそれ、向こうも私のこと知ってたってことでしょ? 自分ではそう思っていなかったけど、何か私も学年では目立ってたみたい。毎日を楽しく過ごしていただけなんだけどね! だからその時に一気に傾いちゃったの。仕事が面倒よりもこのメンバーで一緒に何かやるの、楽しくて面白そうだなって! 事実、私の中学校生活はすごく充実してる! それに本当雲雀ってすごい。ずっと仏頂面だった椿の顔、あっという間に溶かしちゃうんだもん。私は怒らせて注意されてばっかりだけどー」
「千鶴お姉様も」
「うん?」
言葉通りの様子。
本当に楽しそうな彼女に、思ったことを告げる。
「千鶴お姉様も、素直じゃないところがポッポお姉様みたいです。本当はずっと椿お姉様と仲良くなりたかったのに、それを素直にお姉様に言えなかったこと。千鶴お姉様は雲雀お姉様がすごいと仰いますけど、私は千鶴お姉様もすごいと思います。【香桜華会】のあれだけのお仕事をこなして、休日も自分の楽しみだからと言いながら、運動部の手助けもされている。それに以前椿お姉様のお部屋に招かれた時に椿お姉様、千鶴お姉様と言い合っている時……とても楽しそうなお顔をされていました」
あの時は厳しい顔つきで千鶴お姉様に注意していた椿お姉様だけど、千鶴お姉様が袋を広げてお菓子を一つ一つ取り出して「どれにするー?」と私の前に並べている時に、彼女は『仕方ないな』という顔で、確かに笑っていたのだ。
仲良しな『鳥組』のお姉様。そんなお姉様たちも初めから今のように、仲良しのスタートではなかった。
彼女たちの中にも色々なことがあって。お互いの相手へ向ける気持ちが変化して、そうして絆を紡いで現在の形になった。それはとても――――とても理想的な形だ。
千鶴お姉様は瞳をパチクリと瞬かせた後、照れ臭そうに頬をかく。
「……花蓮ちゃんってさ、結構ハッキリ言うよね。私も明け透けに物を言う方だけど、そこまでの真っ直ぐな言葉って言えない。あーあ。麗花ちゃんと一緒に高等部、進学してほしかったなぁー」
「ふふ。お姉様にそう言ってもらえて光栄です」
「この八人で回していくの、本当に楽しかったんだよ? 学年成績トップフォーだから、仕事の理解度も早くてパパッとやってくれるし。差し入れお菓子を嬉しそうにパクパクしてる花蓮ちゃんと撫子ちゃん見るの、可愛くて好きだったのに」
そう。そしてお仕事の合間にお菓子を食べてニコニコしている私達に向かって、「二人とも~、太っちゃうわよ~」とポッポお姉様にニコニコして言われたことがある。
ガーンとショックを受ける私達を見て千鶴お姉様ときくっちー姉妹が噴き出して笑ったことは、お姉様たちとの思い出の一コマだ。
「高等部に進学しても桃ちゃんをプクプクにしないであげて下さいね」
「あっはは! あー、そんなこともあった! いやでも、あれは杏梨が悪いでしょ」
「笑ったお姉様も同罪です」
「えー、差し入れ持って行った私にそれ言っちゃうの?」
「ごめんなさいお姉様、お菓子とても美味しかったです!」
「素直でよろしい!」
お互い最後には噴き出して笑い、そうしてクルリと身を翻し前方へと向け、ポニーテールを揺らして再度彼女は振り返る。その時の千鶴お姉様は、『姉』の顔をしていた。
いこっか、との言葉に、はい、と頷いて従う。
アドベントカレンダー当番を終えたらそのまま生活寮に戻る予定だったが、私は気さくで人当たりの良い、ちょっとだけ天の邪鬼な千鶴お姉様の隣に並んで、彼女の散歩に付き合うことにした。
直接の『姉』でも適性役職の『姉』でもないけれど。それでも彼女は私の――私達の、『姉』だから。
千鶴お姉様は散歩をしながら、『鳥組』お姉様方の色々なお話をして下さった。
去年の香桜祭での椿お姉様の某夢の国のネズッキー姿を見て、同学年三人ともステージ下で唖然としたこと。
周りは盛り上がっていたがどう見てもアレはないということで、だから今年は下手な衣装を選ばせないようにしようと三人が一緒に付いて行ったこと。案の定だったこと。
雲雀お姉様が彼女の厳しい『姉』に注意を受けて落ち込んでいたのを、ポッポお姉様は自販機で紅茶飲料を三本貢ぎ、千鶴お姉様は自分用の差し入れへそくりを全部貢ぎ、椿お姉様はその日に出た自分の好きな夕食のおかずを貢ぎ。
『皆、食べ物で釣れば私が元気になると思ってるのね……』と翌日、苦笑交じりに雲雀お姉様から言われたこと。
一年生の球技大会の時にバスケ部門で参加したポッポお姉様はずっと自分のチームのゴール下に待機して、相手がシュートして外したボールだけは取って砲丸投げパスをしていたこと。
勢いよく上に投げる仕様のため照明が眩しくて誰も取れず、一度は必ずリバウンドしていたこと。
当時のポッポお姉様曰く、『え~? だって行ったり来たりするの、疲れるじゃな~い?』とのこと。ポッポお姉様……。
そんな風に一つ一つ、彼女の思い出を分けて下さった千鶴お姉様。
その日の冬の空は澄み渡って、晴れやかで。
――指名打診を受けたあの日のような、不思議と暖かな気候だった。




