Episode239-2 次代の『妹』候補
誰もいない(と思っている)教室の前の廊下で桃ちゃんは顔を真っ赤にして、声量の大小が極端過ぎる自己紹介をした。
無音だからこそ辛うじて聞き取れた部分もあったが、「……わ、私っ」から最後まで言い切るまでの間で、声量十八パーセントから八十パーセントまでグーン!といきなり上がったくらいには極端だった。
このシミュレーション風景を誰かに見られていると知った暁には、きっと羞恥が大爆発して気絶してしまうことだろう。
「花蓮くん。彼女はちゃんと声量調節をできると思うかい?」
「頑張り屋さんですので。聖歌も本番までにはちゃんと調節できていましたし。と言うかいつまでその口調なんですか、千鶴お姉様」
「えへへ」
笑って誤魔化したお姉様は私の手を引いてこの場から去ろうと動き出され、手を引かれている私はお姉様に付いて歩くしかない。
「花蓮ちゃんは決まってる? 自分の『妹』候補」
歩きながら質問されて、何となしに答えを返す。
「はい。一応『花鳥風月』縛りがありますので、皆と自分の『妹』候補は予め話しています」
この条件縛りがあるせいで『妹』の選定は、かなり厳しいものになっている。
名前縛りで【香桜華会】に相応しい人間性・能力が揃った人間を見つけ出すのは、普通に至難の業ではないだろうか? しかもちゃんと『組』になっていないといけないし。
けれど比較的私達の『妹』候補は、揃うところまではすんなりといった。私はもちろん姫川少女に決めていて、桃ちゃん以外のあとの二人も偶然同じ組分けできる名前の生徒を『妹』候補に考えていたのだ。
私の『妹』候補である姫川少女と、先程の桃ちゃんが発していた木戸 青葉という名前。私達『花組』の次代は――『風組』。
「そっか。そうだよねぇ。難航しなかった?」
「候補絞りまでは順調です。あとは『妹』候補が指名を受けてくれるかどうか、ですけど」
「それに関しては大丈夫だと思うよ? 何てったって、杏梨のお姉ちゃんがやってくれたからね」
「あれは凄かったですよね……」
余韻に浸って生徒が中々その場から動こうとしなかったので、香実メンバーがわざわざ移動アナウンスをかけた程の盛況ぶりだったのだ。
あのアドリブのおかげで、また【香桜華会】に対する憧れと期待値が爆上がりしてしまった……。あ、憧れと期待値で言えば。
「そう言えば、今日は助っ人活動はされないのですか?」
雲雀お姉様から聞いた話では千鶴お姉様の休日は、大体運動部の飛び入り助っ人をして過ごしていると聞く。お姉様もまたきくっちー同様根っからの脳筋なので、【香桜華会】で仕事をこなす傍ら、そうやって身体を動かして英気を養っているそうだ。
運動部もスポーツ万能で体育ではオール最高点を叩き出す千鶴お姉様の存在は、喉から手が出るほど欲しい人材だそうで。
「口惜しや……。【香桜華会】でさえなければ……」
と、今もなお悲嘆していると言う。
正式な部員にはなれないのでお姉様と運動部の利害が一致した結果、正部員たちの能力向上という名目で『休日運動部ローテ助っ人活動』をされている。
千鶴お姉様はそんな私の疑問に対して、にっこりと笑った。
「うん! 今年の助っ人活動は先週で終わったの。もうすぐ冬休み入っちゃうし。私達も高等部に進学するから、一先ずは中断ってところかな? でもいっつも休日は身体を動かしていたから、部屋でジッとしてると落ち着かなくてさー。だから散歩くらいはしようかなって思ってあちこち歩いていたら、撫子ちゃんのあの現場に遭遇したってワケ」
「なるほど。あ、ちなみに私はアドベントカレンダーです」
「今日って花蓮ちゃんの番か。じゃあ明日は葵ちゃんだ!」
ふんふん鼻歌を歌って楽しそうな様子のお姉様に、ふと気になって尋ねてみる。
「千鶴お姉様。お姉様は【香桜華会】の指名を受けた時って、どうだったんですか? やっぱり嬉しかったですか?」
指名前、私はただすごいなぁ……という感想を持つばかりで尊敬の念は確かに抱いていたが、他の生徒のように憧れや心酔とまでは至っていなかった。
指名を受けたのも、麗花がやるんなら私もという理由。きくっちーも桃ちゃんも【香桜華会】に対する憧れというよりは、友達がやるからやるみたいな単純な思考だった。
お姉様たちを見ていると、椿お姉様は麗花と同じくその責任感から。雲雀お姉様はまさか自分がと思っていたと聞いたし、憧れはあったが及び腰であったことが窺える。
ポッポお姉様は地雷であったが、雲雀お姉様がやるならと釣られて指名を受けた。
なら千鶴お姉様はどうだったんだろうと、会室でいつも明るく元気に振舞っている彼女の理由を知りたいと思った。
お姉様は鼻歌をやめて、そうだね~と間延びした声で一拍置いて。
「指名を受けてくれるかって言うの、さっきは大丈夫って言ったけどさ。私は指名受けた時ぶっちゃけ、断ろうって思ってたんだよね」




