Episode238-2 花蓮の選択
麗花が緋凰に執着したのは仲の良い両親を将来の夫である緋凰に投影していたからだと、以前そう考えたことがある。
ヒロインの視点から見る限り緋凰は自身の婚約者である麗花のことを、他の女性と同じように緋凰家の跡取りである自分に縋って取り入るために周囲と自分に見せる態度を変えているのだと、そう思っているようなことを彼は口にしていた。
……でもそれって、何かおかしくないか? “麗花”は態度なんて変えていなかった。ゲーム上では空子と緋凰が会話を重ねている場に堂々と現れていた。
そう。好きな筈の緋凰がその場にいても、彼女はキツいド正論を放っていたのだ。どこが変えている?
緋凰が自分の麗花に対するそんな考えを吐露したのは、ゲーム中盤で空子が麗花からキツい諫めを受けて反論できず、心が折れかけていた時。
『薔之院のことなんか気にすんな。ンなこと言ってもアイツは俺じゃねぇ別のモン見て言ってんだ。俺自身のことなんて何も見てもねぇよ。――四季、お前と違ってな』
そんなことを空子の名前を紡ぐ前までは不機嫌を隠しもせずに、彼女に告げていた。
ヒロインの視点ではそれを、“緋凰家の跡取り”であるからなのだと認識していた。あの台詞回しだと私でもそうだとしか考えられない。
“私”と白鴎の関係もそうだけれど、“麗花”と緋凰の関係も何か変に感じる。辻褄は合っているのに、どこかおかしいと感じる。何かが違う。
前まではそうだと納得していた筈なのに、どうしてそう思うのだろう?
『――、今更ですけれど。きっと私は――――だった――――』
途端、何故か目頭が熱くなった。
――らしくない。どうして手を伸ばさないの
――どうしてそんな風に諦めるの
――――貴女が私に――――って、そう言ったくせに……っ!!
覆っている腕を伝って、熱い何かがどこかに落ちてゆく。
漏れそうになる嗚咽を強く唇を噛みしめて必死に堪えながら、心に巣食う諦念と後悔が表面に浮かび上がってくるのを、何故と思う。
また私の感情じゃない、“誰か”の感情。
……だって、知らなかった。もうそれが最後だったって。良くなかった筈なのに。
それでも前を向いて気持ちに蓋をした貴女に、次もまた言おうって。また会えるからって。だって私達は――……。
「ぅ、だからっ……!」
――――私が絶対に麗花を助けたいと思っているように。麗花もまた、私のことを助けてくれる
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熱い瞼の裏側で白い壁に四方覆われた部屋の中、ベッドに腰掛けた生気のない彼女の顔が現れる。揺れるカーテンの動きに誘われるかのように色を失った彼女の顔が、自然な動きでそちらへと向いた。
開いている窓から入り込んで揺れるカーテンの隙間から、明るいオレンジ色の空が見える。暫くそれを見つめていた彼女の瞳から、一粒の滴がポタリと落ちた。
唇が小さく動いて震える。失われた筈の彼女の奥底から、最後に溢れ出したのは――――。
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「麗花おはよう!」
「……おはようございますわ。何してるんですの」
「え? いつ起きるかなーって」
「寝ている人の上に乗る正当な理由を二十文字以内で述べなさい」
麗花の体内時計は正確なようで、いつもバッチリ五時四十五分に起床する。うん、本日も時間ぴったし。
「受験する高校決めたからって、宣言したくて」
「それいま言うタイミングですの? 相手の寝起き一番に言うことですの? いい加減おどきなさい」
「はい」
二段ベッドの上から梯子を使って降り、起き上がって目元を擦っている彼女を見上げた。
「麗花」
「何ですの」
「麗花」
「だから何ですの」
「れーいーかぁー」
そこでようやく目を合わせてきた彼女に向けて、にっこりと笑う。
「今度は私が頑張る番だから! 楽しみにしてて!」
「は?」
目は覚めているけど頭の活動は遅れているのか、『コイツなに言ってんの意味不明』みたいな顔をされるが結局寝られなくて貫徹し、気持ちハイになっている私にはそんな反応も全く気にならなかった。
春日井は言っていた。私はやれば出来る子だと。
ドッジボールだって水泳だって、特訓して続けていたらちゃんと成長した。なら特訓次第で私は顔面にボールを受けてもビート板をなくしても、ちゃんと成長できると言うことだ。
学力は問題ない。私が集中して努力しなければならないのは――――実技一択。
そして寝ずにずっと回っていた頭は、ちゃんとその当ても弾き出していた。
「ふふふふふ…………ホーホッホッホ!!」
「……貴女今日、学校休んだ方がよろしいんじゃありません?」
心配しないで麗花! 私はやれば出来る子だから!
――百合宮 花蓮、十四歳、冬。
銀霜学院に本来在籍する筈の月編ライバル令嬢は、その兄弟校である――――紅霧学院への外部受験を決意していた。




