Episode237-2 迫りくる、終わりの足音
「実技……実技検査……。うぅっ」
苦悶の呻きしか出ない。今のところ口から出るのはマイナス点しかない。
以前裏エースくんが無謀と言っていたように私が紅霧学院を受験したとしても、学院の校風上で実技検査の点数が学力検査よりも大きく影響するのなら、確実に私は受からないだろう。それが高位家格・百合宮家のご令嬢だとしてもだ。
受けたとしても自信しかない学力検査の結果次第ではゲームの強制力さんが仕事をして、現実では有り得ない流れで受験してもいない銀霜学院に行けなどという謎イベントが発生して、抵抗虚しく出荷されてしまうかもしれない。そんなことになったら私はキノコになるしかない。
「一緒の学校に行きたい……。自分の特殊な運動神経が恨めしい……」
カチ、と画面右上のバッテンをクリックして画面を消す。初期画面のアイコンが三つ四つ並んだ青の画面から視線を剥がして周りを見ると最初は数人いたのに、既にもう誰もおらず一人貸切状態になっていた。
あれ、もしかして五時限目の予鈴鳴ったのに聞いてなかった!?と慌てて壁掛け時計を確認したら、時計の針は十三時と二十三分を指していてまだ余裕がある。
何だたまたまかと安堵したところで外から数回ノックがあり、ガラリと開けて入ってきた人物を見て目を丸くした。
「あ、麗花だ」
彼女も私の声に反応して存在を目に留めて、こちらに近づいてきた。
「ごきげんよう。受験校調べですの?」
「うん。麗花は? もしかして私に何か用事でもあった?」
麗花が進路学習室を利用する理由がないのでそう尋ねると、ふるりと横に首を振られて否定される。
「いえ、私もこちらに用事がありましたの。そろそろ過去の問題集に目を通しておかなければと思いまして」
「え?」
過去の問題集と聞いて一瞬思考が停止した。
停止してすぐ、心臓が嫌な跳ね方をし始める。
「……麗花、香桜で内部進学じゃないの?」
どうしても声が固くなるのを避けられなかった。
それをどう捉えられたのかは判らないがあまり気にしなかったようで、彼女はそれを特に何でもないことのように口にした。
「ああ、そう言えば貴女にはまだ伝えておりませんでしたわね。高校受験は両親との約束ですの」
そう初めに言い置いて、隣に座る。
「元々香桜女学院への中学受験は、一度でも私が貴女と学校生活を一緒に送りたかった、私の我が儘ですわ。受験前に両親に直談判して、条件付きで受け入れられましたの。それにウチの会社ブランドはグローバル展開して、主に海外が主戦場となっているのはご存知ですわよね? “薔之院”を継ぐ者としては、国内にも目を向けるべきだと考えておりますの。そうなりますと内部進学では私の場合、難しいのですわ」
どういう考えで何を言いたいのかが解る。
高位家格、薔之院家の一人娘。彼女が家の跡を継ぐことなど、その生来の責任感の強さから窺い知れることだった。
有数のお嬢様学校だとは言えその中のどれほどの生徒が麗花のように、家の事業を引き継ぐ跡取りの立場であるのか。
それは限りなく少数で、将来を見据えての繋がりを作るのであれば高校受験は必然だった。
「ですからエスカレーター式の聖天学院からの受験は、最初かなり反対されましたわ。きっと外部受験がなければ、私の我が儘は通らなかったでしょうね」
外部受験。
“薔之院 麗花”の口から。そんな言葉が、出てきてしまった。
高等部もある香桜女学院だからと安心していた。このまま彼女は内部進学するのだろうと。紅霧学院には行かないのだろうと。だから私は。
跡継ぎ。将来の繋がり。……ちょっと待って。
その二つが該当するのなら紅霧学院じゃない。家の跡を継ぐ人間が軒並み進むのは、銀霜学院の方だ。それなら何故、ゲームの中の“薔之院 麗花”は紅霧学院に在籍していた?
……え? それを言ったらアイツらもだ。緋凰と春日井。どちらも跡継ぎの癖にどうして銀霜学院じゃなくて、紅霧学院だったのか。
麗花は“私”と同じ理由か? 緋凰の婚約者だったからアイツのために、同じ学校に?
跡継ぎ同士の婚約でも、共同経営となるなら条件如何では問題なかったのかもしれない。
あ、ヤバい。何か混乱してきた。……でも麗花は緋凰と婚約していない。したのなら彼女から話が出ない筈がない。
グルグルと色んなことが頭を巡る中でも、ハッキリと確認しておかなければならないことが今、ただ一つだけある。
いつの間にか手を膝に置いて握り込んでいた。ジワリと汗が滲んでいる。
二人しかいない進路学習室で、遂に問いを発した。
「過去問に目を通すって、言ってたよね。どこ、受験するの?」
麗花は決めている。彼女の受験する高校を。
安心材料が欲しかった。違うと。
お願いだから。
――太陽編なんて始まらないと、言って
時間にしたらすぐの返答だった。けれどその返答するまでの間で、一体どれだけの鼓動を刻んだことだろう。
「初等部までは通っていた、聖天学院。そこの付属の――」
嫌だと願う必死の祈りを嘲笑うかのように、それは。
「――――紅霧学院高等学校ですわ」
皆と過ごす平穏な日々の終わりは、確実に近づいてきていた。




