Episode236-2 その結末と残された問題
何はともあれ、これで彼女の問題は解決した。解決というか、新しいスタートを切ったとも言える。
そう思うと多少の心配事はあれども、目の前にある幸せそうな顔を見ていると自然に頬も緩んできた。
「おめでとう、きくっちー」
笑って告げると、彼女も照れ臭そうに「ありがと」と言ってくる。
「あ。……あのさ、花蓮」
「どうしたの?」
何やら急に思いついたようなそれに何事かと返せば、幸せそうな表情から一転、迷いがあるものへと変わった。
「その……撫子のこと、なんだけど」
「桃ちゃん? ……あー、桃ちゃんね。あれから土門くんが帰らないように、ずっと一緒に行動してくれていたの。すっごくやる気で『葵ちゃんのために!』って言ってくれたから」
「え。あ……そうだったんだ。アタシ、アイツ置いてっちゃったからさ。悪かったなって」
彼女の同室の子の名前が出てきて最初は疑問だったが、桃ちゃんの事情を知らないとは言え、挙動不審の原因は薄々感じていたのだろう。それに何より、最初の時のアレがある。
「アイツさ。多分人ってゆーか、その中でも男が特にダメなんだろ? アタシもずっと悩んでいたこと撫子には言えてなかったというか、言わなかったというか。男がダメそうなのに、そう言うこと相談するのもどうかと思ったから言わないできたんだけどさ。でもアタシが女の子らしくなりたくて努力してきたように、撫子も何かを自分のために頑張っているのが近くにいるから、すごく良く判って。アタシは撫子に言えなかったけど、友達でも自分だけが知らなかったことでも、アイツは応援してくれた。だからアタシも撫子を助けたい。困ってんだったら力になりたい。……話してくれると思うか?」
なるほど、本題はそれか。
自分の悩みは言えなかったのに、相手は言ってくれるか自信がないと。ふむ、何も問題ないじゃん。
「きくっちー、私にいま言ったみたいに話したら大丈夫だよ。だってきくっちーが桃ちゃんに話さなかったのって、桃ちゃんのことを考えていたからじゃん。きくっちーが桃ちゃんをそんな風に思っているように、きっと桃ちゃんだってきくっちーのこと、そういう風に見ているよ」
彼女の顔に浮かんでいた迷いが溶ける。
「……うん。椿お姉様にも、全校生徒の前でも誓った。守って、一緒に歩むって」
――香桜女学院にいる皆を先導し、引っ張っていく存在として。
両の掌を噛みしめるように握り込み、ゆっくりと一つ頷く。
「継承の儀は終わった。お姉様たちはまだいらっしゃるけど、もう自分たちで考えて動かなきゃいけない。庇護されるんじゃなくて、これからはする側だ。アタシも会長として……香桜の『姉』として、中等部の皆を守っていく!」
強く、強く輝く光を前にする。
握り込まれた拳の片方を両の手の平で包み込んだ。触れた拳は胸に秘める気持ちに触発されたかのように、温かくて。
「うん。私もきくっちーがまた暴走しないように、ちゃんと傍で見張ってるからね」
「いやそこは支えるとか、もうちょっと言い方あるだろ。暴走したけど」
「取り敢えず未来の『妹』たちの聖歌練習はまず私達に任せてよ、きくっちー」
「え? ……それ、アタシは『妹』の練習に参加するなってこと!?」
「行事が近づいたら一回きくっちーの独唱観賞会するから。一声目からギャ音だったらもうそこで夜間申請提出して、チャーリー式音程矯正法施行だから。三人で話して出した結論だから、きくっちーからの反論は受け付けないからね」
「アタシの歌に対する信用性!!」
話している内にいつものワチャワチャした雰囲気になってきたところで、課の打ち合わせが終わったらしい麗花と桃ちゃんが一緒に部屋に入って来た。
「あ、お帰り」
「ただいま戻りましたわ。何やら騒いでいたようですけれど、時間が時間ですし、会話なさるのならもう少しお静かになさいませ」
「え、マジで? そんな外まで聞こえてた?」
「葵ちゃんの声大きいんだもん。なに話してたの?」
「きくっちーの聖歌練習は独唱からスタートって」
そう答えると麗花と桃ちゃんは揃って、スンとした表情になった。
「「ああ」」
「え? 何だよああって。ちょ、もしかしてそれ冗談じゃなくて、マジな話なの!?」
「一度習得した聖歌曲と言っても、葵クラスだと油断はできませんもの」
「葵ちゃん頑張ろ! 次はクリスマスミサで歌うんだよ!」
「よし、クリスマスだとまだお姉様たちもいらっしゃるね! 良かったね、きくっちー!」
「あああもう本当に皆がいてくれて、アタシは嬉しいよ!!」
ヤケクソで返事をしたきくっちーに三人で噴き出し、最後には四人の笑い声が一室に響いていた香桜祭初日の終わり。
こうして私達はまたお互いの絆を深めて、共にいる一年半年という、残された中学校生活の期間を折り返す――……。




