Episode235-2 『香桜華会継承の儀』
継承を終えた二人が所定の位置へと戻り、入れ替わるようにして高等部の二人が先の二人と同様の動きをする。掛け合う言葉は似ているが、全く同じという訳ではない。
高等部で継承譲渡される証は桜の花冠。香桜女学院の最たる代表生徒にのみ授けられる、リーダーの証。
会長の前に片膝をついた鳩羽先輩が目深に被っていた帽子を取り、僅かに頭を垂れる。
会長が自らの手で鳩羽先輩の頭へと花冠を授ける姿はお互いが着ている衣装と相まって、まるで姫君と、彼女を唯一の主と定め忠誠を誓う気高き将校のよう。
「……――雪之丞 菜緒さま」
先輩の頭を華やかに飾る花冠から指を離す間際、その手を真白の手袋に包まれた手が取る。最前列が故に認識できる見開かれた瞳に、これが本来の流れにはないことだと知る。
目の前に在る人の名を紡いだ唇は新たな宣誓を奏でるために、彼女の視線が取った手の先を貫いた。
「偉大なる私の指導者よ。この狭き花園から広大なる外の世界へと飛び立つ、私の『姉』たる貴女へ。貴女の親愛なる『妹』、鳩羽 茉李からの祝福をお受け取り下さい」
手の内にある華奢なそれを引き、瞼を降ろして――――そっと。その甲に、唇が触れた。
周囲から息を呑む音が聞こえる。恐らくステージに立っている二人のように、大体の生徒が頬を染めていることだろう。私でさえドキドキと胸が騒いでいる。
間違いなくこの瞬間だけは、鳩羽先輩が意図して作り出した空気に皆、呑まれていた。
しかしながらそんな彼女の空気に呑まれることなく、祝福を受けた会長は動揺する気配も見せずに柔らかく微笑んだ。祝福に対してのお礼を口にして立つことを促し、イレギュラーなんて無かったかのように本来の儀式の形式へと戻す。
そうして高等部の継承の儀も終わり、四人がステージから降りて退場した後。
「……ポッポお姉様のお姉様、すごい方ですね」
「アレって絶対完全アドリブだものね~。でも雪之丞会長ってばあの姉のアドリブも軽く受け流すんだから、やっぱり会長になる人ってすごいわよね~。あんなことされて来年のパフォーマンスは大丈夫かしら~?」
「どんなことでも他人事ですか、お姉様」
「え~?」
だからえ~?じゃなくて。……けれど確かにあんな姉とずっと比較されてきたんじゃ、ポッポお姉様が擦れたのも分かるような気がした。
真剣に儀式として臨むのも、魅せるパフォーマンスも。
全校生徒の前でどちらも披露したあの豪胆さは、誰もが真似しようと思ってできることじゃない。他とは一線を画す何かがあるからこそ慕われ、その背中に憧れを抱くのだ。
「花蓮」
麗花の方へ顔を向ければ、指を差される。その指し示された先を確認すると、まだ『香桜華会継承の儀』の余韻に浸っている生徒らの後方で土門少年が一人、どこかへ行こうとしていた。
『花組』三人で頷き合い、近くに立つ『鳥組』お姉様に挨拶して彼を追う。歩きながら桃ちゃんが土門少年と共に行動していた時のことを説明してきた。
「あのね。葵ちゃんが頑張るから、このステージだけは絶対に見て行ってって言ったの。でも葵ちゃんそのまま下がっちゃったけど……」
「けれど勝負はすると言っていたのでしょう? ステージ上のあの空気では、さすがに難しかったと思いますわ。取り敢えず彼がまだ学院から去らないように見て……あら」
「あ」
土門少年を追って人の波から出た私達の視界に、青と白の重なり合うグラデーションが揺れる。
遠目から彼女が何か言葉を発してクルリと背を向け、その後をゆっくりと彼も追って行くのを確認した。――これからなのだ、と。
二人はきくっちーが行動したことに一先ず安堵していたが、私は違った。追うために足を動かす。
「早く行きましょう。見失います」
「え? でもそれって」
「花蓮?」
もちろんこれが一般的な素敵イベントであれば、私も同様に足を止めて彼女から報告される結果を待ったことだろう。けれど彼女は言っていたし、先程も言われた。
『アタシはそういう、長い時間一緒にいてお互いのことを知っている子に応援して欲しかったの! そりゃ他の子からの声援も嬉しいけど、仲の良い友達からってのは気持ちが盛り上がるの!』
『だから香桜祭でアタシ、もう一度挑戦するんだ。皆近くにいるから心強いし、つ、付き合うとかまではいかなくても、アイツの中に“女”としてのアタシを強く残せたらって思う』
『勝負するから。アタシの勇姿、絶対見届けてくれよ!』
ずっと応援してきた。彼女の理想の女の子になれるように協力してきた。
壊滅的音痴の聖歌だって、諦めずに投げずに練習を続けた。そこには生来の負けず嫌いがあるだろうが――――助けて支える私達の存在もあったからこそ。
自惚れじゃない。意味を取り違えてはいない。
“見届ける”ことは……近くにいて、想いを言葉にして伝える勇気が欲しいのだと。
「麗花、桃ちゃん。きくっちーの勇姿を見届けよう。彼女もそれを望んでいるから」
――察したらしい。二人の顔つきが変わった。
そうして強個性でも仲良しな『花組』は視線を交わして微笑み合い、揃って彼等が向かう先へと足を踏み出した。




