Episode233-2 引いたトリガーの終着点
バチンッ
腕を引っ張って振り向かせた顔を両手で挟むようにして叩いた。驚きに見開かれた瞳には、怒った顔を隠しもしない私が映っている。
「逃げるの!? 私からも! 土門くんからも!!」
逃げられないように手でしっかり掴んで固定する。
「いつもの菊池 葵はどこに行ったの! 女の子にしてくれって毎度毎度叫んで、逃げる私を捕まえた執念は!? 負けず嫌いは!? 全部どこ行った!! それにそうやって決めつけてるけど、本当は違うかもしれないじゃん! 本人に聞かないと気持ち、分かんないじゃん!!」
「わっ……分かるよ! ずっと見てたんだから!!」
「ずっとって交流試合とか、学校終わって放課後のたった少しだけでしょ!? 私なんてね、小学校同じで高学年の三年間ずっと一緒だったんだから! 体育でたまたまミスったの、いつも毎回補助してもらってたんだから!」
「はあ!? 何だよそれ自慢かよ!?」
「私が知っている土門くんはね、女の子大好きでナルシーで本当は毒舌で、いつの間にか姿消してるし頭上に影を降らせて出現するし、変な予言もするけど、それでも頼りになる男の子だって思ってる!」
「……っ」
手を掴まれて剥がされそうになるけれど、力を込めて耐えた。
「私が知っている土門くんはね! きくっちーみたいに葵って、貴女以外の女子を下の名前で呼んだりしなかった!!」
……剥がす動きが、鈍くなった。
「私は百合宮嬢。他の子にだって全部名字に嬢付け。あとね、女子に人気があってかなり告白とかもされていたけど、全部お断りしてた。前にその理由も聞いたけど、世界に僕という存在はたった一人しかいないからどうたら、ただ一人の女子に縛られる訳にはいかないみたいなこと言ってた。でもそれ、その時の話だから」
「……どういう?」
「つまりね。その時は恋愛の意味で、好きな女の子なんていなかったんだよ。きくっちーが女の子って勘違い解けたの、いつ?」
彼女にとっては衝撃的な出来事だったからか、答えはすぐに返ってきた。
「小五の夏」
「私がそれ聞いたの、小五の春。でも学校ではずっと女子への態度は変わらなかった。きくっちーみたいには、変わらなかった。私に対してあんな感じなのはちょっと色々あって手伝ってもらった結果、そうなったと言うか。と言うかぶっちゃけ私にはちゃんと想い合っている好きな人がいるし、土門くんもそれ知ってるから私のことを好きとか、絶対にないから」
「えっ」
「更にぶっちゃけると食堂で私と土門くん、きくっちーの話しかしてない」
「えっ?」
勘が良ければここで察しそうなものだが、気持ちといま聞いた情報が色々と追いついていないようで絶賛混乱中の彼女には無理なようだった。
もう手は剥がそうとせず、私の手に添えるだけ。私も力を抜いてただ頬を包むだけになる。
「きくっちー。恋って楽しいばかりじゃないし、むしろきくっちーには辛かったことの方が多かったと思う。でも、それでもずっと頑張ってきたじゃん。絶対に告白するんだって、頑張ってここまで来たんじゃんか。それなのに、私のせいにして最後は諦めるの? 相手にちゃんとどう思われているかの確認もせずに、きくっちーの恋、自分で勝手に決めつけて勝手に終わらせるの?」
「…………」
「気持ちは。想いは、ちゃんと相手に伝えないと始まりもしないし、終わりもしないんだよ」
好きと言いたい。ちゃんと言葉で伝えたい。
私にはまだ、できない。
ゆらゆらと揺れる瞳。それが閉じられて、グッと眉間に皺を寄せて静止する。
一分にも満たない時間だったと思う。静かな声で、きくっちーから声を掛けられた。
「花蓮。手、離してくんない」
チラリと壁掛け時計を確認して、そろそろ着替え始めないと不味い時間だったので言う通りに離して下ろす。
するとトルソーから衣装を外し始めたので、手伝おうかと動こうとするも断られた。
「いい。一人で大丈夫だから。試着した時に着方も解ってるし。先にステージに行っていて」
「……分かった」
声の調子は平淡で、どうするのか何も分からない。
けれどこれ以上問答をするには時間がないし雰囲気的にも憚られたので、顔を挟む時に落とした焼きそばを拾って退室しようと、ドアへ向かって歩き出し――
「花蓮」
――――振り返り、振り向いている顔は勝ち気に笑っていた。
「勝負するから。アタシの勇姿、絶対見届けてくれよ!」
気持ちが届いたのだと、知った瞬間だった。
破顔して了承の意で頷き返せば、片手を振って再び背を向ける。
私も足取り軽く会室から退室して、ふと人の気配を感じて横を見ると…………壁に凭れて腕を組んだ椿お姉様が、そこにいらっしゃった。
「!! すっ、すみません! あああの、話、もしかして聞いてっ!?」
「防音完備だから聞こえはしない。扉を開けたことにも気づかず、何やら大事な話をしていたようだったからな。まぁこれ以上長引くようなら入らざるを得なかったが、幸いにしてまだ間に合う。……青春、だな」
「わっ」
ポンポンと頭を軽く撫でられたと思ったら、颯爽と扉の向こうに消えて行かれた。ヤバい。椿お姉様が超格好良いんですけど。
見慣れた扉の相様を少しだけ見つめる。そうしてフンスと鼻を鳴らして私も気合いを入れて、『香桜華会継承の儀』が行われる野外ステージへと向かうのだった。




