Episode227-2 きくっちーの勝負服
落ち着いた色彩を念頭に置いて深い緑地の数種の花が連なりあしらっているものを手にして向かえば、事前にどんなものが良いかイメージしてきていたのだろう。二人も衣装を抱えてきくっちーの元へと向かっていた。
「ん? え? ちょ、いくら何でも選ぶの早くないか!?」
「こういうのは率直な勘ですわ。私が貴女に選んだのは、これでしてよ!」
そう言って麗花がバッと広げて見せたのは、細い肩紐がついているスレンダーラインのドレス。
淡いピンクの色彩で全体的にあまり装飾のないシンプルなものだが、裾から膝下にかけて一定間隔の幅で桜の刺繍が施されており、上半身には全体的に同様の細かな刺繍が広がっている。
「まず【香桜華会】の新たな会長ということを踏まえ、学院を現す桜をモチーフにしたものをイメージしましたわ。次に女の子らしくを表現するに最適なのは、やはりドレスではないかと考えましたの。そうしますと貴女の体型と身長ではシルエットラインはマーメイドラインが最適ですけれど、大人っぽくなり過ぎてはまた趣味じゃないとか戯言を抜かされますわ。故に! 洗練された印象且つ動きやすいこのスレンダーラインの桜ドレスこそが、私のお勧めですわ!!」
「お、おおー」
何とも麗花らしい合理的な理由である。無駄のない説明にきくっちーも圧倒されていた。
そして次に発言したのは桃ちゃん。
「あの、あのね! 桃はこれを葵ちゃんに着てほしいの!」
そう言って一生懸命に腕を広げて見せたのは、ファンタジーの世界に出てきそうな白を基調とした、膝上スカートが空色のアジア系民族衣装だった。
「お、女の子らしくて、可愛いのって言っていたから。それにこれ、聖女っぽいかなとも思って。今年の香桜祭のテーマにも外れてないと思ったの。桃はこれを葵ちゃんにお勧めする!」
わぁお、何と桃ちゃんまでが香桜祭に掛かっている。きくっちーのことだけしか考えていない私の浅慮さが、自分の中でのみ浮き彫りになってしまった。
最後の紹介になってしまった私は内心の冷や汗ダラダラを隠して微笑みながら、抱えた衣装を前二人と同じように広げて皆に見せる。
「ふふふ。私はこちらにしました。やはり日本女子の象徴と言えば和の乙女、大和撫子。深き緑が思慮深さを演出し、香桜を表す花に包まれた菊池さんは【香桜華会】会長を受け継ぎ、正に学院生たちの真なる先導者となるでしょう。ほほほ」
「何か胡散臭いですわ」
「桃たちしかいないのに、ご令嬢してる……」
「それらしいことを言っている風の後半が意味不明ですわ」
「麗花が圧倒的に言い過ぎです!」
だがしかし外野からの扱き下ろしなど何のその、きくっちーだけは三人が手にしている衣装をしげしげと見つめて、頬をポリポリかいていた。
「……何か、皆センスいいなぁ。理由もちゃんとあって、アタシのこと考えてくれて。すごく嬉しい……けど」
「「「けど?」」」
困ったように視線を彷徨わせて、チラと視線が合う。
ん? 何かね。
「アタシ、その……できれば、百合の模様が入っているのがいいかなって、思ってるんだけど」
恥ずかしそうに口にする姿にキュンとするが、何故に百合なのか。
「葵ちゃん。それじゃ葵ちゃんが百合の掌中の珠だって招待客さんに誤解されちゃうよ」
「桃ちゃんも何気にひどいことを言っている気が」
「何か理由がありますのね?」
「うん。えっと、アイツが、さ。道場の外に咲いてる百合の花見て、『百合の花は美しいね……』って呟いてたことがあって」
あー、なるほど。相手が好印象を抱いているものを身に付けたいと。
私と麗花は訳知り顔で頷いたが、桃ちゃんはここでハッとしたようだ。
「えっ? 葵ちゃんもしかして……す、好きな男の子、いるの?」
直球で言われ、きっくちーの顔が真っ赤に染まる。そしてそれを見て更に目を見開く桃ちゃん。……あ。
何となく桃ちゃんには話していないだろうなと思っていて正にその通りだったようだが、仲間外れにされたと思わないだろうか?
相談された側としては例え仲が良い子でも、こういうのはペラペラと喋るものではないと思って言っていなかったのだが。
けれどそんな心配は杞憂だった。
「じゃあこれ、葵ちゃんがその男の子にこっ、告白する、勝負服でもあるんだよね? じゃあ桃、葵ちゃんが自分らしい好きな服で勝負したら良いと思う!」
「え……」
「そういうの、その場だけのことじゃダメだよ! ちゃんと自分を見せて、その上で相手に受け入れてもらわないと。始まってから違うってなったら、すごく悲しいもん……!」
――それは、桃ちゃんだからこそ言える助言。
相手が桃ちゃんを見染めて、だけどどういう理由かは知らないが彼女を虐げている。……自分を受け入れてくれた友達に、自分と同じ思いをしてほしくないという彼女の願い。
目に薄らと涙を滲ませた桃ちゃんにきくっちーが目を見開くが、何かを察したのかその様子に言及することはなく、ポツリと自分の気持ちを口にする。
「……アタシ、色は青が好きなんだ。落ち着くし、私服もカラーは青系統ばっかりで。だから着るなら青がいい。変にヒラヒラとかゴテゴテしているんじゃなくて、シンプルなの」
その思いを受け、三人で顔を見合わせて笑う。
「それではこちらは返してきませんとね」
「青いので百合かぁ。まぁこれだけ衣装あるんだったら、一着くらい該当するのありそうだよねぇ」
「皆で頑張って探そうね!」
「あのさ! ……三人が選んでくれたのも、アタシ、好きだよ。ドレスだって一回は着てみたいって思うし、撫子のヤツも色好きだし、着物も、アタシの柔道着で連想してくれたんだって分かるから。機会があったら着たい。皆、ありがとな!」
嬉しそうに笑って告げるきくっちーに頷き合ったところで、ガチャリと衣装保管室のドアが開く音が。
振り返って見ると、何と『鳥組』のお姉様たちがいて、彼女たちも私達がいるのを見て目を丸くした。
「あら? 葵さんも今日衣装決めだったの?」
雲雀お姉様が話し掛けてきて、首肯する。
「はい。椿お姉様もですか?」
「そうなの! 忙しい忙しいばっかり言って全然決めに行く気配なかったからさ、私達で引っ張ってきたんだ!」
「葵ちゃんは決まったの~?」
ポッポお姉様からゆるーと小首を傾げて尋ねられてまだだと返答すると、「役職の姉妹でも何か似るのね~」と不思議そうに口にされていた。
そして中等部【香桜華会】が偶然揃い踏んで会長と次期会長の衣装を探す中で、瞳を輝かせた椿お姉様が何故か着ぐるみコーナーで黄色の某電気ネズチュウを手にしていたり、それに反対の声が上がったりと、賑やかに時間は経過していった。
というか椿お姉様。前任会長の衣装の色繋がりで決めたんじゃなくて、そもそもネズミのマスコットキャラがお好きなんですか……?
そんな感じであったが、何だかんだで無事に『香桜華会継承の儀』の衣装も決まり、それぞれのクラス展示や香実補佐でバタバタと忙しなく日々が過ぎて――――遂に、香桜祭が開催される。




