Episode225-2 語られしポッポの生態
外では微笑んでお礼を口にしていたけど、内心は引っ掛かっていた。乙女ゲーの記憶を思い出すより前の気持ちでそうだった。
私も自分の兄は好きで、周囲から受ける評価というのは、確かに優秀な兄との比較と期待が大きい。
お姉様は擦れてしまったようが、だが私の場合は前世の記憶というフライングがあるので、しかも乙女ゲーで最悪一家路頭ともなればその回避に頭を悩ませるので一杯だった。
……私が擦れなかったのは自分が一家路頭を引き起こすライバル令嬢だったからって、何かその理由嫌だな。
「……私の場合はそうですね。何と言いますか、私自身、兄との出来を比較されるのはそれどころじゃなかったからと言うか、他のことで頭が一杯だったので、兄と比較されてどうこうというのはそんなに思いませんでした」
「見ていて何となく分かっていたけど花蓮ちゃん、結構お気楽な思考しているわよね」
「あれ? 今ちゃんと他のことで頭が一杯だったって言いましたよね? 何でお気楽っていう発言が出てくるのでしょうか?」
「やっぱり兄と姉っていう性別の違いがあるからかしら……?」
「無視しないで下さいお姉様」
素でもマイペースなポッポお姉様である。
私はお互いの家庭環境でも差異があることを踏まえて、再度口を開いた。
「お姉様は先程、両親も何かあれば『茉李のように、茉李のように』って仰っておりましたが、百合宮家はその逆です」
「……逆?」
「我が家の場合は今はそうじゃないですけど、昔はあまり良くない家庭環境だったと思います。父はずっと仕事に明け暮れて、家にいらっしゃる時間なんて滅多にありませんでした。私自身、幼い頃の父の存在は希薄です。母は淑女教育とずっと私に付きっきりで傍にいて、兄は……ずっと一人でした。そしてそんな兄から、私は避けられていました」
お姉様の目が見開かれる。苦笑して話を続ける。
「今はちゃんと父は定時に上がって夕食を共にしますし、母は他の兄妹にも愛情深く接していますし、兄ももう私のことを避けていません。ちゃんと絆のある、血の通った家族になったと思います。実を言うとここの受験も私を守るために課した、家の方針です」
「……そう。そうなの……。私と花蓮ちゃんじゃ、前提がまず違ったのね……」
ふぅ~と緩く息を吐き出したお姉様は机に頬杖をついて、上目遣いに私を見つめた。
「どうでもいい周囲をじゃなくて、失くしたくない人だけを、貴女はずっと見つめているのね」
失くしたくない。
そう。記憶を思い出して私が一番に望んだのは―― 一家路頭の回避。
執着していた白鴎の愛情を空子から勝ち取るよりも、家族がバラバラになって失われないようにすることを考え、行動した。
私を避ける癖に、“百合宮の長男”として必要な時にしか私に関わらないお兄様。
ずっと私に付きっきりで離れず、淑女教育と言う名の洗脳を施したお母様。
家での存在が希薄でありながら、会社で大いにやらかしていたお父様。
それでも私は、そんな人達でも失いたくなかった。
だってかけがえのない、私の大事な家族だから。お兄様もお母様もお父様も、誰一人として代わりになる人なんていないのだから。
「ポッポお姉様。お姉様はもう、頑張る気はないのでしょうか? 私には今、絶対に失いたくないものがあります。私の望む未来を勝ち取るために、途中にどんな障害があろうとも諦める気は毛頭ありません。お姉様はよろしいのですか? “鳩羽 杏梨”であることを諦めてしまっても」
真っ直ぐと見つめて問うた。
暫く無言だったが、唐突にゆるーと微笑んでくる。
「そうねぇ~。家族では姉だけでも見てくれるからいいかしら~って思っていたけど、また頑張ってみてもいいかもしれないわね~? うふふ~、あの人たちに私は茉李じゃなくて杏梨なのよって、ブチかましてあげる~♪」
「あの、やつ当たりは程々にしてあげて下さいね?」
「え~?」
え~?じゃなくて。
ヤダ怖いですお姉様。元の口調に戻るのもいきなり過ぎて怖いです。
「それじゃあそろそろ、会室に行かなきゃね~」
「あっ、嘘もうこんな時間ですか!?」
言われて壁掛け時計を見ると、既に時計の針は十八時を越している。そろそろどころじゃなく普通にヤバい時間帯である!
「ちょ、お姉様急ぎませんと! 絶対椿お姉様カンカンですよ!?」
「急ぐって言われても~。【香桜華会】が率先して廊下を走っちゃいけないのよ~?」
「どうして貴女はそんなに余裕をかましているんですか!? 既にこの時点で椿お姉様に迷惑掛けてませんか!?」
ゆるーと笑っててくてく歩くポッポお姉様を置いていく訳にもいかず、一緒にてくてく会室に辿り着いた頃には窓の外も暗く、一人会室に残っていらっしゃった椿お姉様に結局二人してお叱りを受けたのだった。
お叱り後に進捗報告して生活寮へと戻る道すがら、「やっぱり雲雀が選んだ子ね」と隣を一緒に歩くポッポお姉様から零れた呟きには、微笑んでお返しした私である。




