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Episode220.5 side 百合宮 咲子の懺悔①-2 この選択は


 息子はあの子の息子と何のきっかけがあったのかいつの頃からか仲が良く、家を行き来するほどの友人となっていた。一人で何でも出来る息子が選んだ友人が偶然にも、あの子の息子だったというだけ。


 私と静香の疎遠は息子の交友関係には関係のないことだと思って、何も口は出さなかった。

 母親同士の因縁は知らない筈。それなのにどうして息子が……私と同じような感情を、あの子の長男に対して抱いているのか。



『いつまでも逃げてはいられない』



 娘に言っていることだと解っていても、鋭く心に突き刺さった。


 私はずっと。ずっと静香から逃げている。怒りよりも恐れの方が、私の静香への感情を占めている。

 それに加えどういうことなのか、娘までが会ったことのない白鴎家の……同学年の次男に対して何かを抱えていると言う。向き合うと、ずっとあんな気持ちを抱いているのは嫌だと言う。


 娘が車中で真っ青になっていたのも、降りて出てこようとしなかったのも、白鴎の次男の存在が関わっているらしかった。

 娘が白鴎の次男に対してどういう訳で恐れを抱いているのかはさっぱり分からないが、あの子は私が産んだ愛しい娘。娘がいてくれたから私は……“あの人”に対して救われた。


 息子は娘のために自分の足で立てと、向き合えと告げていた。

 家を継ぐ跡取りとして厳しく言いながらも、その根底にあるのは娘への――――妹への愛情。


 息子は娘のためを思い考え、学院で行動を起こした。……ならば、私も。

 二人の母親だからこそ、彼女とちゃんと話をしないといけないと思った。彼等の母親が、“百合宮”に対して何を思っているのか。子どもたちの関係をどう見ているのか。


 私のことを、ずっと。


「貴女と離れることが最善だと思った私の選択は、間違ってはいないと今も思っているわ。そうしないと私達はきっと、お互いがダメになっていたから」

「……嫌いに、なっていない? 私のこと……?」


 小さく、小さく震える声が耳に届いてくる。どんな時も私を真っ直ぐ映していた静香の視線は俯いていて、合わない。


「咲子、全然、私の説明を聞こうともしなかったじゃない。ずっと、一緒にいたのに。最初からずっと、私には素でいたのに。他人に見せる微笑みをあの時初めて向けられて、私が、どれだけ絶望したか……っ!」


 お互いが離れることの選択は間違ってはいない。けれど…………間違っていた。黙って離れるのではなく、話をしてから離れるべきだった。

 彼女のことを恐れたが故、嫌いになりたくなかったが故に期間も決めず、ずっと今日まで会うこともなかった。


 私が静香を知ろうとしなかったから。綺麗で美しい思い出の中にいる静香だけに目を向けていたから。


 ――こんなにも、彼女を傷つけてしまう結果となった


 “執着”されていても嫌いになんてならなかった。怖いという感情を抱いていても、嫌いになんてならなかった。

 一緒にいた頃には向けられることのなかった、『何を言ってもどうせ』と態度に出した、諦めの眼差しを受けて――――こんなにも胸が痛くなるなんて。


「ごめんなさい。ごめんね、静香。私に執着している貴女も“静香”なんだから、ちゃんと話を聞くべきだった。するべきだった。嫌いになんてなっていない。大好きだから怖くて、黙って離れたの。反省してほしかったの。でも、長いこと貴女と向き合わなくて、ごめんなさい。私からの一歩が踏み出せなくて、ごめんなさい……!」

「今、更、なんで。どうして、そんなことを言うの? 咲子が謝るの? だって、だってどう見ても悪いのは私じゃない。私が、貴女の大事にしている人間を、私の感情を優先して消そうとしたから」

「静香だって、大事よ」


 彼女の目尻から一筋、滴が頬を伝った。


「静香だって私にとって、大事な人よ。貴女から今まで直接私に何も音沙汰がなかったのは、私の最後にした態度のせいだと解っていたわ。だから私から貴女に一歩を踏み出すべきだったの。いつまでも恐れを抱いてそこに留まっていた私は、最善じゃなかった」


 そっと、静香へと手を差し出す。


「静香。こんな怖がりで何年も待たせてしまった私だけど、仲直り、してくれる……?」

「……っ。ごめ、んなさいっ。私っ、咲子がずっと、ずっと好きで……っ! 咲子の大事な、人、傷つけようとしてっ、ごめんね……っ!!」


 差し出した手を取ることなくその瞳から止めどなく溢れさせて、美しい顔を濡らすものを手で拭う静香。

 苦笑してテーブルから身を乗り出し、取り出したハンカチで彼女の涙を拭いてあげる。


「あーあ、もう。せっかく綺麗にお化粧しているんだから、そんなに擦らないの」

「うう~っ」


 仲の良かった、幼いあの頃に戻ったように。

 まるで子どものように泣く静香に、優しい気持ちが溢れてくる。


 ……きっと、私に“執着”しているのは変わっていない。


 美麗ちゃんと会ったことを知っている。どういう反応をするか敢えて雅さまの話も出したけど、何かを抑えるような気配を感じた。

 美麗ちゃんと会っていたことを知っているのなら、雅さまとよく会っていることも知っていた筈。


 けれど彼女は何もしなかった。何年経とうとも、何も。

 私にとって、それが全てだった。




「――お母さん?」



 母と呼ぶ声がすぐ近くで聞こえ、誰かと振り向けば――


「……佳月」



 ――――己の母親の泣いている姿を見て目を丸くしている、白鴎家の長男がそこに立っていた。



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