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Episode216-2 情報収集・春日井 夕紀


 淡々と告げられることを聞いて疑問を抱く。


 春日井はどうしてそこまで、瑠璃ちゃんのことを考えてくれるのだろうか? ただ単に女の子に優しいフェミニストだから、というだけではないように思う。

 だって彼が話す言葉には、退くという譲歩がどこにも見当たらないのだから。


「……春日井さま」

「うん?」

「疑っている訳ではありません。ですが、純粋に応援するというのは本当ですか? 厚意でして下さっているのに、失礼なことを言っているのは自覚しております。私の知る春日井さまを思うとただ、どうにも違和感を覚えておりまして」


 ゲームの、ということではない。

 出会ってから今までに接した、彼との記憶を振り返ってそう感じた。


「聞いていてどこか意地になっているような、そんな気がしてなりません」

「…………はぁ」


 私からそう言われた春日井は小さく溜息を漏らしたかと思うと、一度カップを持ち上げて紅茶を飲み、視線をマドレーヌが盛られているお皿へと移した。


「本当に百合宮さん、たまにすごいと思うよ」

「たまにとは」

「……自分でも、ちょっとよく分からないんだ」


 ポツリと落とされた呟きに首を傾げる。


「意地になっている理由が、ですか?」

「いや、そっちじゃない。……取りとめのない話だけど、聞いてくれるかな」

「私で良ければ。春日井さまには大変お世話になっておりますので」


 一つ頷いた春日井。

 そして彼が明かす心情は、私にとっては思ってもみないことだった。


「……陽翔に対して、思うところがある」

「えっ」

「覚えているかな? 臨時コーチを継続すると提案した時に、僕が言ったこと」


 どれのことだと振り返るが、キーワードが緋凰ということから一つのことを思い出す。



『陽翔と米河原さん。似ていると思わない?』



「あの、もしかして緋凰さまと瑠璃ちゃんが似ているという?」

「そう、それ。百合宮さんはそう思わなかったようだけど、どうにかして頑張ろうとする姿は僕には重なって見えたんだ。前に向かって進んでいこうとする姿。まぁ陽翔は躓いても、大体何でもすぐにできてしまう口なんだけどね」


 大体何でもすぐにできてしまう口?


「帰省してたまに貴方から聞く緋凰さまは、提言して二年経ったにも関わらず、未だにプリンセスなようですが」

「ああうん、それね。陽翔の好きな子が卒業と同時に海外留学しちゃったから、ショックでやる気が減退したことが大きいかな」

「え、海外留学されたのですか?」

「その子と仲の良い生徒からそう聞いたみたいだから、間違いないと思う」


 親の都合で引っ越したではなく、留学とな。しかも卒業して進学するタイミングで? それは留学とは言わないのでは? うーん、謎である。

 それにあの時の緋凰のおかしな言動からヤツの好きな人は麗花の可能性が大だったのだが、もしかして違うのだろうか? だって麗花、私と同じ中学校だし海外に行ってもいないし。


 麗花の現状と春日井の話が一致しないため、緋凰の好きな人は麗花説が薄れていく。まあそれならそれで安心なのだけど。


「それで、どうして緋凰さまに思うところがあるのですか?」

「うん……。陽翔とは、百合宮さんみたいに母親同士の繋がりで出会ったんだ。同じような家格で、立場も似たようなもので。だから陽翔も僕には気安い態度で接してきたし、僕もそうだった。僕は天才か努力かで言ったら努力の方だけど、陽翔は紛れもなく天才の方。でも陽翔は謙遜でも何でもなく、自分は天才とかじゃないって言ったんだ。天才を言うのなら、それは君の兄である奏多さんだと」


 我が家のオールパーフェクツが比較対象として出されて、それは違いないと思う。お兄様は本当に何でもデキる男なのです。


「確かにそれは納得するけど、それでも天才は天才なんだ。幼馴染で、親友で。けど同じような立場だから、よく周りから比較されたりもしたんだよ。違う人間なんだから、比べてくる方がおかしいんだけどね。陽翔はそういうの全然気にもしていなかったけど、僕は……少し、気にしていた。小さいモヤモヤだったけど、母の影響で楽しく始めた水泳のことを彼と比較して言われた時には、かなりきたんだ。お互いといて楽しいから僕達は一緒にいる。だから競っている訳じゃないのに、どうして周りは勝ち負けや優劣をつけたがるのかって」


 薄らとだが、言葉の端々に冷たさが滲んでいる。

 これは春日井ルートにおける根幹。親友の緋凰と比較され、勝手に優劣の“劣”を押された春日井の。


 それまで視線を合わせずに話していた春日井だが、ここで私を見て穏やかに微笑んだ。


「けど百合宮さんがウチに水泳を習いに来て。泳げるようになりたいと一生懸命頑張っているのを見て、僕が抱えていたモヤモヤは薄れていった。僕は自分がやって楽しいから水泳をしている。陽翔に勝つためにしているんじゃないってね。大体陽翔と言い争っていた百合宮さんには心外かもしれないけど、でも僕は楽しかったよ。水泳自体もそうだけど、何より三人でいる時のやり取りが。周囲に惑わされずに自分がやりたいこと、好きでしていることを続けていこうと思えた」


 微笑んでいたその表情が、僅かに歪む。


「そう、思っていたんだ」



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