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Episode214-0 彼女の理由と彼等の事情


 香桜女学院での二度目の夏期休暇を迎えてそれぞれの家に帰省する私達は、駅でお互いに手を振ってお別れした。

 偶然にもきくっちーとは住んでいる場所はそんなに離れておらず、桃ちゃんとは四つ前の駅で既にお別れしている。


「じゃあまたオープンキャンパスでね!」

「二人もそれまで風邪引くなよ!」

「健闘を祈っておりますわ」

「うん、ありがとう!」


 麗花の応援を受けて満面の笑顔で応えたきくっちーは、私達とは真反対にある出口に向かって荷物を引き、行き交う人々の間を縫いながら去っていく。

 それを見送って、方向が一緒である私と麗花もキャリーバッグを引きながら、出口へと歩き始めた。


「何かドキドキするよね! 上手くいくといいなぁ」

「葵はやる時はやる女性ですもの。きっと大丈夫ですわ」

「ふふっ、そうだね」


 夏期休暇に入る前日のこと。桃ちゃんを部屋に残して私達の部屋に単独で来たきくっちーは、前に踏み出す決意を話してくれた。

 普段私達には男勝りな口調で接している彼女であるが、【香桜華会】以外の生徒に対しては一応お嬢様らしく振る舞えるようになっている。


 最初は自分らしくないと羞恥でモゴモゴしていた彼女。

 けれど根が負けず嫌いなので、一度決めたことはやりきるとこの一年努力し続けてきた甲斐あって、私と麗花から見るとまだまだであるが一応(さま)にはなっている。


 ……彼女が話してくれたことに関して、少しだけ触れてみようと思う。

 きくっちーが香桜女学院を受験した理由。


 ――――それは男勝りな彼女が女らしくなって、ある人に告白するためなのだ。




 男兄弟の中で育ってきた彼女。それも家庭が柔道道場なので比較的男の子が多いその中に混じれば、自然と振舞いや口調も男の子寄りになってしまう。

 そうした中で柔道の筋が良かったきくっちーはメキメキと強くなり、他の道場との交流試合にもよく連れて行かれるようになったそうだ。


 幼い頃は性別差など関係なかったため男の子ともバンバン試合をして、ずっと連勝し続けていたきくっちー。

 同年代では無敵を誇っていた彼女だがしかしある日、その無敗は突然破られることとなる。相手は菊池家の道場に交流試合しに来ていた、別道場の生徒だった。


 一番強い子とやりたい!と望む彼女に対して、相手側の生徒たちから背中を押されて出てきたその相手は彼女の目から見てナヨッとしていて、まったく強くなさそうに見えたらしい。

 しかも道場に入ってきた当初から終始嫌そうな表情、怠そうな態度を取っており、挙句の果てには押し出された際きくっちーに対して――



『無駄に汗とか流したくない。他の人間とやって』(※意訳)



 とかほざいたため、カチンときたきくっちーは首根っこ掴んで、その子をマットにズリズリ引き摺って行ったという。


『動いたら汗くらいかく! オレは楽しいから柔道やってんだ! こんなナヨッとしてふざけた態度のヤツがオレより強い筈がない!!』


 とは当時のきくっちー談。ちなみに香桜に来るまでの一人称は『アタシ』ではなく、お兄さんズの影響をモロに受けていたため『オレ』だったとのこと。

 そうして試合を行って結果――――敗北した。


 時間を掛けての接戦ともいかない、あっという間の出来事だったらしい。気が付いた時には道場の天井が視界一面に広がっていたそうだ。

 一体何が起こったのか。敗北したという感覚がなくて、自失呆然としていた彼女をジッと見下ろしてきた、その相手は。



『これで強いって? ……フッ、本気かい?』



 と、鼻で笑ったという――……。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 駅の表に出てくると、駐車場に隣り合って停めてある黒塗りの高級車からウチは坂巻さん、お隣の薔之院家からは田所さんが出て迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、お嬢さま」

「ただいま帰りました! 坂巻さんもお変わりなさそうで何よりです!」

「麗花お嬢さま。帰ったら深山特性巨大ケーキと、コテを絶賛温め中の西松さんが待っていますよ」

「……深山はまだ良いとして、私が帰省する度に鏡台の前に座らせられることになるの、どうにかなりませんの?」

「ははっ! 西松さんの大事な趣味を取り上げないで下さいよ」

「西松の趣味は盆栽では」


 私と坂巻さんがニコニコとやり取りするその隣では、麗花と田所さんの和気あいあいとしたやり取りが繰り広げられている。

 ふむ。麗花の縦ロール髪型作成は、西松さんにとって生き甲斐となっているようだ。

 麗花も口ではああ言っても、去年も帰省する度に一時期は立派な縦ロールが復活していたので、満更でもないのだろう。


 うんうん、もう立派な西松さんっ子だね!


 そうしてまた女子会などの予定を合わせるために連絡をすることを約束し、車へと乗り込んだ私達はそこで別れた。ちなみに連絡手段は携帯電話。進級する時に買ってもらいました!


 電話帳には今のところ実家とお兄様、坂巻さんに親友二人に柚子島家、後はお姉様含む【香桜華会】メンバーの番号が登録されている。普段学院では消灯前の自由時間に使用可能で、後の時間は寮で預かり。

 久しぶりのふかふかシートで寛ぎながら、坂巻さんに家の様子を確認する。


「お父様たちはお元気ですか?」

「はい。春にお会いできませんでしたので、皆さまお嬢さまのお戻りを心待ちにされておいでですよ」


 そんな心温まる返答を聞いていると、スカートのポケットに入れている携帯がブブッと振動したので取り出して見れば、お兄様からメッセージアプリで連絡が入っていた。


<もう駅には着いた?>


 顔文字も絵文字もスタンプもない、用件のみを記したシンプルな文面。

 携帯には触る機会が少ないのでまだ操作は遅く、文字を打つスピードはゆっくりめになってしまう。


「えっと、<いま、お迎えの車に乗って、移動中です。もうすぐ、お家に、帰ります>……。あれ、何か句読点多い? 消そ……あっ、全消ししちゃった!」


 機械は同じ機械の筈なのに、ゲーム機と携帯ではこんなにも操作に差が出るとは!

 文字をまた最初からタップタップして何とか打ち終え、可愛いパンダの万歳スタンプもついでに送ったところで一仕事終えたような気分に。……この夏休み中に色々操作の練習しよう。


 相変わらず揺れをほとんど感じさせない丁寧な運転に安心感を覚えながら、家に着くまでにはまだ掛かるのでこの夏休みの予定を考える。

 宿題はもちろん出ているのでそれは早急に終わらせて、女子会の日程も取り決めて三人……今年は四人で会えるかなぁ?


 四人と言うのは、たっくんを含めてのこと。

 香桜女学院はこうした長期休暇だと、【香桜華会】業務のように特殊な事情でもない限りは全生徒帰省する規則となっている。


 そしてそれは有明学園も同じだろうと思って、柚子島家に連絡をした去年。夫人のお話では彼の学校では予め申請しておけば、長期休暇中でも寮での生活が可能ということだった。


 その二択で何とたっくんは、寮生活の続行を選択。夫人曰く入学した最初の年だし、せっかく慣れてきたところでまた環境が変わるのはちょっと、ということらしい。向こうも進学校だし、勉強についていくのも頑張らないといけない。


 そういうことならと残念に思いながらも、心の中で彼のことを応援したのだ。……だから、家に連絡がなかったから、裏エースくんも居残り組だったのだろう。

 中学に上がると同時に住む家が変わるとともに、ご婦人の『太刀川』姓からお父様の方の姓に変わる。もしこちらに戻ってきていたのなら、小学生の時のように家に電話してくれる筈なのだ。


 高校に通う時に連絡をくれるという約束はしていたけど、思えば中学でもこの長期休暇があることに一時は気分が高揚していたのに、夏も冬も彼からの連絡はなかった。春は私の方が不在していた。


 環境の何もかもが変わる裏エースくんはきっと、たっくん以上に大変なんだと思う。

 外部で聖天学院付属の高校を受験するのであれば、学業は常にトップの成績を保持していなければ難しい。外部の門とはそれほどまでに狭き門なのだ。


 お父様から高校受験の糧にしろと言われ、それを受けて彼自身が考えて出した結論。

 彼自身の今後の人生のため。そして私とずっと一緒にいるために、必死でいま頑張っている。


 それを考えると中学での三年間は、お互いの修業期間となるのだろう。

 初めから三年間は会えない思考でいた。それがやっぱり改めて会えないのだと、再認識しただけの話である。


 それに桃ちゃんが話してくれた彼女の許嫁・徳大寺は、家の持つ力を笠に着て生徒に大きな影響を及ぼす人物であることは知っている。有明でももしそう振舞っているのだとしたら、正義感の強い裏エースくんが黙っている筈がない。

 そんな圧力に他の生徒が負けぬよう、高位家格の令息でもある彼が矢面に立って弱い立場の生徒を守っているのなら、たっくんだって絶対その隣にいて彼を支えている。


 だから裏エースくんが学園に留まるのならそういう視点も含めて、たっくんも留まる可能性が高いと考えているのだ。学業以外で学園に留まる理由があるのかもしれない。

 全ては憶測の域を出ないけれど、桃ちゃんの事情を聞いてしまった今だと、どうしてもその考えに行き着いてしまう。


 二人に会えない。事情を知ることができない。

 心配で堪らない。


「太刀川くん。拓也くん」


 坂巻さんまでは届かないような小さな声で、彼等の名前を呟く。


 大好きな貴方たちに、早く会いたいよ。


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