Episode213-2 『姉』から『妹』に確認すること
「椿お姉様はもしかして、麗花のことを前から知っていらしたんですか?」
軽く頷かれる。
「直接会ったことや話したことはなかったが、彼女の人柄を知る伝手はあったんだ。私の実家の近所に聖天学院に通っている者がいてな。近所だからと度々家に忍び込んできて、聞きもしないのに色々と私に学院の生徒のことを話してきた。その話の中に、麗花くんのこともあったんだ」
「そう、なのですか」
「うむ。……ああ。だがソイツが話してきた内容は、噂とはかけ離れているぞ? すごくしっかりしていて、自分が正しいと思うことをちゃんと正しいと言える子だと、そう言っていた」
柔らかな声音で告げられたことに目を瞠る。
同じ学校じゃなかったから学校での麗花のことは本人やお兄様、鈴ちゃんからじゃないと知ることはできなかった。春日井や緋凰に聞いて、藪を突いて蛇を出すような真似などできようもない。
お兄様や忍くんのようにちゃんと麗花の内面を見て、そう判断してくれる人が他にもあの学院にいたんだ……。
そう思うととても嬉しくなって、頬がニヨニヨしてしまう。
そんな私の様子に、椿お姉様の醸す雰囲気も柔らかに溶ける。
「花蓮くんは麗花くんとは、入学前からの知り合いか?」
その質問にハタとする。一瞬だけ迷うが、私達の仲の良さは香桜生には知られているので、今更だと思った。
「はい。麗花とは小学校よりも前からのお友達で、親友です」
「そうか。そんなに前からの……」
手にしたペットボトル飲料が緩く揺らされ、中身が容器の中でチャプンと跳ねた。
「……今日誘った理由だが。実は花蓮くんに聞きたいことがあったからなんだ」
「聞きたいことですか?」
「ああ。――――花蓮くんは、このまま香桜で内部進学の予定か?」
パチクリと目が丸くなる。
何故彼女からその質問が飛び出してくるのだろう?
疑問に思いながらも、ハッキリと答えを返す。
「いいえ。高校は違う学校をまた受験する予定でいます。大切な人と、約束を交わしておりますから」
私の返答を聞いたお姉様の視線がゆっくりと下げられる。
静かな空間となったのは束の間で、彼女は細くて長い息を吐き出した。
「……なるほど、よく分かった。そのことを雲雀は知っているか?」
「はい。個人的にお伝えしております」
「そうか。それでも雲雀は君を、自分の『妹』に選んだのだな」
コクリと頷く。
――――学院の生徒会である【香桜華会】は、もちろん高等部にも存在する。
国内でも有数のお嬢様学校である女学院で、余程のことがない限りはそのまま内部進学する生徒がほぼ全員と言っていい。だから中等部で【香桜華会】に所属したのなら、自然と高等部でも同じ人間が【香桜華会】に所属する。
仕事の要領や内容は中等部で経験しているし、『姉妹』間での絆も出来上がっているから仕事が大変でもまた一緒にやりたいと、きっとそう思うのだろう。
私だってもし内部進学の道があったのなら、また雲雀お姉様と『姉妹』になりたいと思う。
衆目の面前で指名されて一旦はその場で受けたが、正式に所属する前に私を指名して下さった雲雀お姉様には、ちゃんと私の進路のことを伝えた。
高等部には進まないが、それでも私が貴女の『妹』となっても大丈夫なのですか、と。
けれど雲雀お姉様は、ふわりと笑って。
『そうなのね……。でもそんなの気にしなくていいのよ。だって私が百合宮さんと一緒にやっていきたいと望んでいるのだから。たった一年だけでも、こうして出会って知り合ったという、貴女と結ぶ一期一会の繋がりを大切にしたいわ。それに期間が限定されているからこそ、より大切に時を過ごせるでしょう?』
――――と、そう仰って下さった。
だから私もそんな風に言って下さる雲雀お姉様とならと思って、正式に【香桜華会】に所属することを決めたのだ。
その時のことをお話ししたら、椿お姉様は「それは雲雀らしいな」と言って微笑まれた。
「私たち『鳥組』の任期はあと半年程度。そのまま高等部に進む分、会室には行けなくなっても修了式ギリギリまで君たち『花組』に手を貸すことはできる。だから花蓮くん。お互い悔いの残らぬよう、これからの日々をともに過ごしていこう」
「は、はい」
スッと差し出された手を慌てて取り、握手を交わす。
いきなりのことにちょっとばかし反応が遅れてしまったが、椿お姉様は雲雀お姉様がお好きだ。
雲雀お姉様のことを気にして私と話したのだと思うと、わざわざお部屋に誘われたのも頷ける。
とそんな風に誘われた理由のことを考えて納得していたら、またクスリと笑みを溢された。
普段椿お姉様は笑われることがそう多くないので、頻度の多い今日は一体どうしたというのだろう?
「椿お姉様?」
「いや、すまない。お互い『姉妹』とはこうも似るものかと、ついな」
「はぁ……」
「つっばきー! お菓子いっぱい貰ったからお裾分けー! ……って、あれ? 花蓮ちゃん?」
返答の曖昧さに首を傾げていたら、バーン!と部屋の扉が開けられて、何やら中身入りのビニール袋をいくつか抱えている千鶴お姉様が顔を出された。
千鶴お姉様は部屋にいる珍客を目にして、キョトリとされている。
「ごきげんよう、千鶴お姉様。本日は椿お姉様にお誘い頂きまして」
「ごきげんよう! そうなの? 珍しいねぇー。あっ、そうだ! これね、運動部助っ人の報酬なんだ。いっぱいあるから明日会室にも持って行くけど、先に好きなの取っちゃってよ! 荷物軽くしたいから!」
「よ、よろしいのですか?」
「いいよ!」
「……千鶴」
低めの声が発せられたので千鶴お姉様と揃って見ると、目元を厳しくされた椿お姉様が新たな入室者を見据えていた。
「なに椿?」
「なに椿、じゃない! いつも言っているだろう、お前も香桜に通う令嬢なのだから落ち着きを持てと! あと扉を開けっぱなしにするな! その前に入室の許可を取れ!!」
「いいじゃーん。もう三年も一緒に過ごした仲だしさぁ、今更じゃない?」
「お前は親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのか!?」
ぷーと口を尖らせる千鶴お姉様に注意をする椿お姉様の姿は、きくっちーと麗花の姿にも重なる。
あと球技大会の時も桃ちゃんとポッポお姉様は似ているなぁ、と思ったことを思い出した。
『お互い「姉妹」とはこうも似るものかと、ついな』
……私と雲雀お姉様にも、どこか似ているところがあるのかな?
そうだったら嬉しいなと思いながら、仲良しな『鳥組』のお姉様たちのじゃれ合いを私は微笑んで見つめていた。




