Episode209-2 私たちは、振り回されている
楽しい筈の修学旅行。
それなのに、嫌な奴に会うかもしれないという恐怖が常に付き纏う。極悪案件である。――――けど。
「前に瑠璃ちゃんと一緒にお菓子作った時、話したと思うんだけど。……私の、す、好きな、人」
後半ボソボソモジャモジャと発したにも関わらず、聞こえたようで目を丸くしながらも、話の関係性が見えないのか首を傾げる麗花。
前に向かって踏ん張って進もうとしている桃ちゃんには、どうしても言えなかった。
「……同じ学校に通っているの。私の好きな人と、その許嫁が」
「え……」
「拓也くんも」
「えっ、拓也も!? ということはその男子校って、有明学園ですの!!?」
卒業前に最後の女子会をして、その時にお互いどこの中学に通うのかを伝え合っていた。
たっくんは麗花が私と一緒なことにすごく安心したような顔をして、「良かったね」と言ってくれた。
「麗花にも言っていなかったけど。私ね、香桜には中等部までしかいない」
「!」
「それは両親にも、お兄様ともちゃんと話してる。高校は家から通える学校を受験するって。……好きな人と、一緒にいたいから。だから桃ちゃんにも言ったよ。私に好きな人がいることと、いま話したこと」
どういう意図で桃ちゃんに話したのか麗花はすぐに察して、「そうですの」とだけ返る。
「それで……修学旅行で、かち合うかもって聞いた時、私、言えなかったの。彼とその許嫁が同じ学校に通っているってこと。だって、言えないじゃん。桃ちゃんが苦しいことから抜け出そうと、必死に頑張ろうとしている時に。桃ちゃんは会いたくないのに、私は…………会いたい、なんて」
言えない。言える訳がない。
友達が大変な時に浮かれることなんて、できない。
「……本当は会いたい。だって、ずっと我慢してる。ずっと一緒にいて、声だって聞けてたのに。毎日ノートに書いてるけど。皆と一緒に笑って過ごしているけど。でも、だってやっぱり、寂しい……っ」
抱えていた枕に顔を押し当てる。
言葉に出したら余計に我慢しているものが溢れてきて、声に震えが移っていく。
会いたい。声が聞きたい。心配。ちゃんと元気にしてる?
――――笑ってる?
何も問題なんて起きず、笑ってくれていたら良い。
だって貴方には、爽やかな笑顔が一番よく似合う。
「――――皆、殿方関係で色々と複雑ですわね。貴女も撫子も、葵も」
ポツ、と落とされた呟きに枕に顔を押し当てたまま、返事をする。
「……きくっちー、麗花に話したの?」
「ええ。どうして香桜を受験したのか、貴女には随分迷惑を掛けたとか、色々と。同室だと行動も似てくるものなのかしら? お互いに抱えている事情を知らない方に打ち明けてくるだなんて。私の場合は葵に対して、あまり有益なことは言えませんでしたけれど」
きくっちーの抱えている事情も一筋縄ではいかない。だって相手が絡んでいることだから。
「そっか。……何かこうして考えると、皆男の子のことで悩んでるって、すごく仲良し」
「『花組』が揃いも揃って殿方に振り回され過ぎですわ。……ちょっと花蓮、端に寄って下さいませ」
「え?」
グイグイと狭いベッドの中で、身体を端に端にと押されていく。
思わず枕から顔を上げると麗花が何故か布団を引っ張って私の下から出し、そのままの流れでベッドガードを越えて侵入してきた。どうしたマナーの鬼!?
「ちょ、麗花? 狭いよ!?」
「お互い寝相も悪くありませんから大丈夫ですわよ」
「狭いに対する回答は?」
投げたことに対しての回答が得られないまま、「昔はお泊りした時、貴女が私の布団に入ってきましたわ」と前に私がやったことを言われてしまえば、反論も出来ず。枕を本来あるべき位置に戻して、麗花に倣い仰向けの姿勢になる。
そしてそのまま何の時間なのか、二人で木製のベッド裏を見ていると。
「……――私も。貴女たちと一緒でも、ふと寂しく感じる時がありますわ」
無音の中で始まった告白に、静かに耳を傾ける。
「いつも一緒にいましたもの。ふとした時に、思わず名前を呼びそうになる時がありますわ。そんな時、いつも思いますの。彼の傍は、とても安心できる場所だったのだと。この気持ちは温かくて、優しくて。けれど……これは『恋』ではありませんわ。助けたい、守りたいと思いますけれど。私と彼の間にあるものは、変わることのない友情ですの。男女で友情なんておかしいと、そう思います?」
「私と拓也くんの関係知ってるのに、それ聞く?」
「ああ、それもそうですわね。愚問でしたわ。……ただ……、」
暫く静寂が続いて、唐突に破られた。
「ただ、私も。今日の葵の話と花蓮の気持ちを聞いて、振り回されていると思いましたわ。気持ちを揺さぶられて、どんな名前で呼べばいいのか分からない感情を生み出させた、原因となった方に。こうして姿を見ることも声を聞くこともない今、振り回されることはない筈ですのに」
ない筈、と続いた微かな声。
「消えませんの。あの日に生まれた、名前のない感情が。……結局は私も振り回されておりますわ。だって貴女たちの話を聞いて私の心に浮かんだのは――――その方の顔だったんですもの」
「麗花」
寝返りを打って彼女の方を向く。
彼女もまた、私の動きに合わせてこちらを向いた。
「寂しい?」
「……寂しい、のかも」
珍しく釣られたようにそう言った彼女の手を取り、繋ぐ。
「楽しい夢を見ようよ。こうしていたらきっと、悪い夢なんて逃げていくから」
「花蓮が追い払ってくれますの?」
「私だけじゃなくて、麗花も一緒に追い払うの!」
「他力本願も良いところですわね」
ぷっ、とお互い笑う。
「……お休み、麗花」
「……お休み、花蓮」
そうして傍の温もりを感じ安心しながら、私たちは目を閉じて眠りに就いた。




