Episode196-2 鈴ちゃんがやらかした件
「そうしたら……っ。そーちゃんのこと、悪く言う子がいたんです! 鈴が会いに来なくなったのは、そーちゃんのことをもう飽きたからだって。そーちゃんがぽっちゃりしているのとか他にも、鈴を出して悪口言っていました! 鈴はその子のこと知らないのに、まるで鈴のことよく知っているかのように言って、鈴を理由にそーちゃんを傷つけることばかり言っていました!! だから鈴頭にきて、もう二度とそんなこと言えないようにしてやろうと思って、乗りこんでお説教しました!!」
「お、お説教」
「説明が足りない。教室に乗り込んで、蒼佑くんに悪口を言い続けているその子を後ろから足払いして転ばせて、何が起こったか混乱しているその子のお腹を軽く踏みつけ、上から見下ろして罵詈雑言を浴びせた、と正確に言いなさい」
兄からの補足を聞いて愕然とする姉の顔を見て、自分の不利を悟った鈴ちゃんが更に自分の主張を言い始めた。
「だって鈴に気づいた教室にいた子達、逃げてったんです! 鈴に気づいたら悪口マンだって逃げます! 前にお姉さまが押して転ばせるのは良くないって仰ったから、どうすれば逃げないか短い時間で考えて、じゃあ手じゃなくて足だったらって。手はダメだけど、足だったら言われてないから大丈夫!って思ったんです!」
「大丈夫じゃないよ!!」
全く以って大丈夫じゃない!
これあれだ、屁理屈ってやつだ!
「あのね鈴ちゃん。手でも足でも頭でも身体でも、誰かを転ばせるのは悪いことなの。確かに蒼ちゃんに彼の悪口を言っていたっていう、その子が悪いけど。鈴ちゃんだって、相手に怪我をさせるようなことをしたんでしょ? 相手に怪我をさせるようなことはやっちゃダメなの。あとその子が悪口を言ったからって、鈴ちゃんも同じことをするのも良くないよ。蒼ちゃんが傷ついたのと鈴ちゃん、同じことしているんだよ?」
「……っ、ひっく」
私にも注意されて、嗚咽を零す。
……うーん、どうしたものかな。
自分をダシにされて仲良い子の悪口を言われているのを聞くの、一年生の時のたっくんと下坂・西川くんのことを思い出すぞ。
私は呼び出してあれこれ言ったが、手はおろか足だって出していない。
鈴ちゃんは独占欲強めで満月ちゃんというお友達ができるまでは、蒼ちゃんを中心に学院世界が回っていた子だ。
鈴ちゃんに好意を抱いていて蒼ちゃんを妬んで彼を傷つけるためにしたのだろうが、とんでもない悪手である。
「歌鈴ちゃん。お姉様が言ったこと、ちゃんと解る?」
若干厳しさの取れた声でお母様に聞かれた鈴ちゃんは、眉間をギュッとしながらも首を縦に振った。
「……お、同じこと、したらっ、鈴も、悪口マンと一緒って、ことですっ」
「そうね。それに歌鈴ちゃんがしたのは、相手を暴力で傷つけてやり返すってことよ。例えそれが蒼佑くんを守るためにやったことだとしても、足を使って転ばせたり踏んだりするのは、やって許されることじゃありません」
「は、い」
「そうだよ。返すのなら別のやり方で返しなさい」
「ん?」
お兄様の発言に目をパチクリさせた私だが、そんな中で扉をノックする音が聞こえてお兄様が確認しに行くと、どうも米河原家から電話が入っているそうで、受け取った子機が鈴ちゃんへと手渡された。
「蒼佑くんからだそうだよ。歌鈴と話したいって」
「そーちゃんが……?」
子機を受け取ってもすぐに話そうとせず、涙声だけど何とか普通に会話しようとしたのか自分で自分を落ち着かせてから、彼女は通話ボタンを押して子機を耳に当てた。
「そーちゃん? ……うん、鈴。……うん」
そのまま暫く静かに見守る。蒼ちゃんと話し始めて最初は暗い顔をしていたが、段々と柔らかく変化していき、そして電話を切り終える頃にはすっかり涙も止まって笑顔になっていた。
「蒼ちゃん、何て?」
聞くと、パッとこちらを振り向いて。
「そーちゃんに、ありがとうって言われました!」
「ありがとう」
「はい! 僕のために怒ってくれて嬉しかったって! でもそーちゃん、悪口を言われたこと自体は全然気にしてなかったそうです。悪口マンの言っていること、そーちゃんが知っている鈴じゃなかったからって。誰のこと言っているんだろう?って思っていたから、自分のことを言われているのも気づかなかったって。だから鈴が怒っているのを見て、初めて自分が悪く言われていたのに気づいたそうです」
蒼ちゃん、良い意味で鈍感っ子だった。
いや、鈴ちゃんのことを良く知っているからこそ自分のことより、人から聞く彼女の話の方が気になったのか。
「けど、言われました。いくら怒っても、人を足でけっちゃダメだよって。りっちゃんの足が痛くなっちゃうからって。そーちゃん、鈴の心配してくれました」
「何かちょっと蒼ちゃんの考え方もズレている気がする」
「鈴、そーちゃんにそんな心配させたくありませんから、もう誰かをけったりしません。お兄さまが仰ったように、そうおうの、別のやり方というもので今度からほうふくします!」
「鈴ちゃん!? ちゃんと反省しているの!?」
フンスと鼻を鳴らして宣言しているが、お姉様は全く以って安心できません!
――――しかし。
「大事な人が傷つけられたら怒りを覚えるのは、至極真っ当な感情だわ。ただ、暴力で解決させるのは“ウチ”のやり方ではないもの」
「怒りをその場で爆発させるんじゃなく、相手を落とす絶好の機会を狙ってね。今度僕から“ウチ”流の流儀というものを教えるよ」
「お願いします、お兄さま!」
「え、えっ!? お母様!? お兄様!!?」
どうしてそんな流れになるのかと慌てて声を上げた私に、スッとお兄様から視線が向けられて。
「入学前。ハロウィンパーティ。パンダパンチ」
「!!?」
ギョッと目を見開けば、ニコリと微笑まれる。
「よく似ているね?」
「…………」
当時敢えて端折った部分の話を何故知っているのかと恐怖にガクブルして、ここでも上がやるから下もやる理論を言外に仄めかされてお口を噤まざるを得なくなった。
というかその時鈴ちゃんは見ていないどころか、お母様のお腹の中にもいなかったのに!
しかしそんな反論は何年も前のことをお母様にバラされて、時を越えて怒られるかもしれないという理不尽の塊を前にしては抵抗できず、儚く散っていったのだった。
こうして百合宮家の人間は着々と、物理から社会的に相手を追い詰めるという報復手段を学んでいくらしい……。




