Episode18-2 己の噂を知る
バンッと思わず机に手を突いて立ち上がる。
たっくんがビクッと体を揺らして表情を青褪めさせているが、それを慮る余裕はない。
「なんっ、それ一体全体どういうことですか!? 何ですその噂!?」
私めっちゃ性格悪いじゃん! そんな性格悪い子って皆に思われているワケ!?
私が催会に出席しないのは家族を路頭に迷わせないためで、そんなチンケな理由じゃないわ!
「冗談じゃありません! 見下すだなんて、そんな失礼極まりない! ひど、酷いです! ううぅっ」
ヤバい、これ本気で泣く。
だってまさか、そんな風に思われていただなんて思わないじゃないか。
乙女ゲーム関係者とは違う学校で楽しく明るい学校生活を謳歌しようと、すっごくすっごく楽しみにしていたのに。
……しっぺ返しがきたんだ。
同じように楽しみにしていた麗花を泣かせた、その罰が当たったんだ。
「ううっ、わああぁぁんっ! わ、私のこと何も知らないのに、ひどいいいぃぃぃっ」
「わあああぁぁっ! ご、ごめんなさいいぃぃ!」
何で君が謝るんだ、って。
「ど、どうして柚子島くんもな、泣くんです?」
たっくんは眼鏡を外して、腕でグシグシと目元を擦っている。
あああっ、そんなに擦ったら腫れちゃうよ!
さっき渡されたハンカチをたっくんの目元まで運び、軽く涙を拭きとる。
たっくんは私の行動に驚きながらも、されるがまま大人しくしていた。
「ぼ、僕も、皆と同じだったからっ。百合宮さん怖いって。でも、それで百合宮さん泣かせちゃって、ごめ、ごめんなさいっ!」
バッと頭を下げられて大きな声で謝罪され、何とも言えなくなる。
たっくんを責めるのはお門違いだし、そんな噂されていたのなら気の弱そうな彼のことだ。周囲に流されてしまっても仕方がない。
たっくんが泣いたことで私の涙はびっくりして既に止まっている。
形の良いまあるい頭を見つめ、衝動のままナデナデと彼の頭を撫でた。
「ゆり、百合宮さん?」
「柚子島くんの頭は触り心地がいいですね~。この触り心地に免じて、許してあげます」
「え?」
撫でていた手を離して、ふふふと笑う。
「話してくれてありがとう、柚子島くん。おかげでどうして皆に避けられているのか、これでようやく分かりましたから」
「僕から皆に言いましょうか? それとも先生に言って……」
「いえ、その必要はありません」
たっくんの提案にすっぱりと否やを唱え、どうしてという顔をする彼にフフフと笑う。
「柚子島くんはこうしてちゃんと、私を見てくれて噂とは違うと判断してくれました。だから私、頑張ろうと思って」
「頑張るって、何を?」
「勘違いなどそのままで良いです。分かってくださる方にだけ伝われば、自ずとそんな噂も払拭されることでしょう。私は私らしく、学校生活を楽しむことにします」
うん、わざわざ私は良い子だよ~とアピールする必要はどこにもない。
私だって本当に仲良くしたい子以外に、仲良しこよしするの嫌だし。上辺だけの薄っぺらい付き合いなんて、丸めてゴミ箱にポイしてやる。
「柚子島くん、私と一緒にいるのが嫌だったら言ってください。最初に無理強いさせてしまって、ごめんなさい」
本当は嫌だけど、たっくんとは仲良くしたいけど、彼が嫌だったらしょうがない。いつか、心から友達になりたいって思ってもらえるように頑張ろう。
そんな諦め交じりの気持ちで謝るが、けれどたっくんが発したのは予想外の言葉であった。
「僕、嫌じゃないです」
はっきりとした声に顔を上げる。
目の前にはオドオドもオロオロもしていない、緊張して固まった表情がそこにあった。
「百合宮さんと一緒にいるの、嫌じゃない。僕、百合宮さんとこれからもと、友達でいたいです!」
「柚子島くん!」
「何て熱い友情! これぞまさしく青春の一ページだな!!」
たっくんの友達宣言に歓喜して彼の名を呼ぶと同時に、第三者の感激の声が突如として割り込んできた。
一体誰だ、私とたっくんの語らいを邪魔する空気の読めないやつは!
声のした方に顔を向けるとそこにいたのは、目をキラキラと輝かせた五十嵐担任だった。何故そこにいる。
五十嵐担任は私達の座る席まで来るとそれぞれの肩に手を置いて、うんうんと頷き始めた。
「先生も昔は引っ込み思案でな! 友達作りに苦労した経験があるから嬉しいぞ! 友達に男も女もない! 今のように熱い思いを伝えれば、それは必ず相手に伝わるんだ。その調子でどんどん青春を重ねて行け!」
はっはっは! と爽やかに笑う五十嵐担任だが、小学一年に男も女もないだろう。というか別に引っ込み思案じゃないし、まだ青春する歳でもないし。
……五十嵐担任それで引っ込み思案だったのか。どういう変化だ。
マジマジと五十嵐担任を見つめていると、たっくんが「ぷふっ」と急に噴き出した。
「柚子島くん?」
「あははっ。ううん何でも、何でもないよっ」
何でもないと言いながら、可笑しそうに笑っている。絶対何かあるだろう。
「……ま、いっか」
ポツっと小さく口にし、笑う彼らを見て私も釣られて笑った。
――うん、学校生活、楽しくなりそうだ!




