Episode187-2 神様の理想
「あの。私、その……毎年夏には、運動をしておりまして。本当ならもう一人一緒に付き合ってくれる子がいるんですけど、その子が今年は難しくて。いつもその子から色々アドバイスをもらってやっていたんです。アドバイスは花蓮ちゃんには難しくて、だったら運動が得意な他の人に見てもらったら?って」
「うん、百合宮さんがアドバイス難しいのはよく分かるよ。なるほどね」
「スイミングの先輩後輩というよしみで、何卒」
「ああうん。どういう経緯でそうなったのか、今の言葉でよく分かった。それ、電話で話している時に聞きたかったな」
瑠璃ちゃんを見、奥の運動器具たちを見た春日井はこれまでの運動方法を瑠璃ちゃんから聞く。
見てもらう以上はちゃんと伝えなければと、今までの運動遍歴を包み隠さず話す彼女からの内容に耳を傾けていた春日井だが、途中首を傾げる場面もあったりしたことは割愛。
「分かった。まずはどういう風にしているのかを実際に見たいから、いつも通りで始めてみてくれる?」
「は、はい!」
「百合宮さんは?」
私はブルブルマシンに足を乗せた。
「去年と今年、私はこれで参加しております」
「……こう言ってはアレだけど、賢明な判断だね」
スイミングの先輩には何も言えません。
瑠璃ちゃんがマシンに向かって行くのを見た蒼ちゃんもテテテッと向かい、それをお父様が近くで見守る。
……まぁ、蒼ちゃんに付いてくれるのはありがたい。
「来られるまでは米河原夫人が見守って下さっていたので、既に準備運動は終えています」
「そう。けど僕はジャージで来る必要あった? アドバイスだけなら、別に普段着でも問題なかったとは思うけど」
その言葉を受けて、ハタと思う。
「ああ。それもそう、ですね。いえ、もう一人の子がいつも彼女と一緒に走ったり、跳んだりして付き合っていたので。同じことをしながらアドバイスしていたので、ついジャージ着用と口にしました」
「ふうん。……そっか」
チラリと隣に立つ彼を見ると、柔らかに微笑んでいる。
「そのもう一人の子とは、百合宮さんも親友なの?」
「……そうです。その子含めて私達は三人、超絶仲良し女子組です」
太陽編攻略対象者にそのライバル令嬢である麗花のことを話すのは微妙な心地だったけれど、彼はその子が麗花のことだとは知る由もない。
変に濁すと不審に思われるかもしれなかったので当たり障りない内容で返したが、春日井もそれ以上深くは聞いて来なかった。
例の事件のせいで春日井ルートが頭にあるので、乙女ゲー関係で油断はできない。どこに落とし穴があるか分からないのだ。
……とこの時、ふと思い至ってしまったことが。
瑠璃ちゃんがランニングマシンの上で走っている。
蒼ちゃんもスローペースで走っている。
走る姿を見つめている中、私はその言葉を発した。
「春日井さま。学院で気になっている女子生徒って、誰かいませんか?」
ふぅっ、ふぅっ、ふぅっと二人分の呼吸音が耳に届く中、隣からの返事は聞こえてこない。
「百合宮さん」
「はい」
「やっぱり一度ちょっと話し合おうか」
「何故!?」
バッと見ると、キラキラ笑顔に直撃する。眩しい!
「くっ、緋凰さまばかりでなく、遂に春日井さままでが私のお目めを潰そうと……!?」
「本当に僕は百合宮さんが何を考えているのか、まるで分からないよ。いま米河原さんの運動アドバイスの時間だよね? 本当にどうしてそんな質問がいま飛び出してくるの?」
「思い至ったが吉日なので」
「空気読もうか」
「真顔!」
キラキラ笑顔との変遷落差が激しい!
だって“それ”が発生したってことは、そういうことかもしれないじゃん! 麗花が“私”の立ち位置に置き換わったのだとしたら、ヒロインである空子の立ち位置だって、誰かに置き換わっているかもしれないって!
緋凰に好きな人がいることは本人も認めているし(それが麗花だとは断じて認めない)、尼海堂ルートと春日井ルートが並立したのなら春日井にだって、ヒロインに置き換わる子がいたんじゃないかって。
「……まさかとは思うけど、もしかして僕と米河原さんをそういう風にしたいと思ってる?」
「それこそまさかです! いえ、春日井さまで男性慣れしてくれたらとは思っていますけど。……えぇっと、ほら、前にもお伝えしたと思いますが、本当に同年代の男の子と接する機会がないんです。お兄様は同年代とは少し歳が離れていますし、他は意識的に女の子のようなものですし、私は女の子ですし。一応同年代の男の子代表として、どんな女の子が理想なのかと気になりまして」
何とか瑠璃ちゃんとの話の関連性を持たせて説明すれば、春日井の中でも一応辻褄は合ったようで、考える素振りが見受けられた。
「お願いします、恋愛の神様! 何卒何卒」
「僕はそんな神になった覚えはないよ。少し前にも口にしたと思うけど、好きな子はいないから」
「理想で良いんです、理想で」
好きな人はいないと言うが、いても素直に言うとも思わない。
瑠璃ちゃんのランニングを見つめながら少し時間を置いて、ようやく。
「……自分らしくあること、かな」
ポツリと落とされた内容が意外なものだったので、目を丸くする。
「自分らしく、ですか?」
「そう。流されるんじゃなくて、ちゃんと自分を持つっていうこと。頑固とは違って、何て言うのか、その人らしくあり続けるっていう。浮かんだのはそんな感じかな」
「そう、ですか」
てっきり優しいとか穏やかなとか、そういうありきたりな言葉が出てくるかと思っていた。それか健気で頑張り屋で自然体の可愛い女の子。
けれど、具体的に言ってきたということは……?
自覚があるのか本当にないのか、イマイチよく分からない。目線の先にあるのは瑠璃ちゃんの走る後ろ姿だけれど、何となく。
――――何となく、誰かを重ねて見ているような、そんな気がした。




