Episode18-1 己の噂を知る
『きっと、貴女が言っているのはそういうことではないですわね? それくらい、わかりますわ。もういいです』
麗花のあの言葉は、どういう意味だったのだろう。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「はぁ~~~~」
溜息を吐き、教室の窓から空を見上げる。
いくら考えても分からないあの時の麗花の言葉は、彼女が帰宅してからもずっと私の頭の中を占めていた。
私が言った言葉はどうやら麗花には伝わったらしい(?)のに、わかったと言われた私がわからない。
てか、もういいですって言われた。地味にショック。
「どういうことなんでしょう、柚子島くん」
「えと、何のお話ですか?」
戸惑い気味に振り向いたたっくんの顔を見て、ふぅと再び息を吐く。
そうだよね~、分かんないよね~。
「いえね。お友達の言った言葉で少し意味がわからなくて、悩んでいるんです」
「はぁ……。僕が解決できるとは思えないんですけど……」
「いいんです。お話だけでも聞いてください。色々説明した後に、お友達からわかったからもういいって言われたんですけど、どういうことか分かりますか?」
「どうも何も、言葉の通りだと思いますけど……」
ですよね~。
でも何か納得いかないっていうか、引っ掛かるっていうか。
モヤモヤっとしていると、「それか、」と続けて言ったたっくんの言葉に耳を傾ける。
「百合宮さんに、それ以上言わせたくなかったからとか?」
「言わせたくなかった?」
「そう。どういう状況だったかにもよりますけど、僕はそれくらいしか思い浮かばないなぁ」
「……」
私ってばあの時、どんな感じで喋ってたっけ?
話し方は普通だったと思うけど、あの時は色々思い出しながら話していたから、表情のことまでは気をつけていなかった気がする。
それに思い出していた内容が内容だったから、明るい表情ではなかったことは確かだ。
……えっ、もしかして私ってば、麗花に気を遣わせちゃってたの!? 泣かせた上に気を遣わせるって!
「私ってば何てダメな子なんでしょう……!」
二十九歳なのに、六歳の子にそんなことをさせてしまったなんて。
鬱々とした気分で沈んでいると、何やら慌てた様子のたっくんが話し掛けてくる。
「だ、ダメなんてことはないと思います! 誰だって失敗するし、失敗した分次に生かせばいいと思います!」
「柚子島くん」
たっくん、何て良い子!
「そうですよね……。私、頑張ります!」
「はい!」
力強く頷いてくれるたっくんに、同じように頷き返す。
ドクドクロー知っているし、私に対してまだ固いけど、ちゃんと話を聞いて言葉を返してくれる。前の席の子がこんなに良い子で、私は嬉しい!
「ところで柚子島くん」
「何ですか?」
「今はお昼休憩の時間ですよね?」
「そうですけど」
私は教室をぐるりと見回した後、たっくんへと顔を戻した。
「私達以外、誰も教室に残っている人がいないのは、どうしてでしょう?」
「ど、どうしてですかね~」
ホント、皆どこ行った。
給食の時間は決まっており、その時間は席を立ってはいけないが、過ぎれば後は一時間ほど自由時間がある。しかしどうしてか時間がきた瞬間に、皆一斉に席を立って教室から出て行ったのである。
ちなみにたっくんが残っているのは、ただ単に給食を食べるのが遅かったからだ。まぁいいだろう、この機会に確認しようじゃないか。
「……昨日から思っていたのですが。私、もしかして皆さんに怖がられているんですか?」
「や、そ、そそそそそんなことは」
そんなことあるんだな。
「私、どうして避けられているんでしょう? 知らない間に何かしてしまったのなら謝りたいですし、理由もなにも分からないのに避けられるのは……悲しいです」
「百合宮さん……」
シュンと俯いて悲しそうにしていれば、たっくんは困った表情でオロオロした。
いや本当何かした覚えないし、というか入学してこちとらまだ二日目だよ?
これからずっと三年間このままの状態っていうのはキツイよ。クラス皆で仲良くしたいよ。
「私も皆とお話したいです……ぐすっ」
「! わ、わわわっ、泣かないで百合宮さん!」
顔を両手で覆って泣き真似をすれば、ギョッとするたっくん。
たっくんには悪いが、私はどうしても理由を知りたいのだ。
「ぼ、僕の知っている範囲内で話すから! だから泣きやんで!」
「ぐすっ。本当ですか?」
コクコクと頷き、「これで涙を拭いてっ」とドクドクローの柄ハンカチを渡された。
そっと目尻を拭う仕草をしながら、上目遣いにたっくんを見て話を促す。
「あの、えっとですね。じ、実は……あ~~っ!」
いざ話し出そうとしたところで、彼は頭を抱えてしまった。
待ってヤダその反応怖い!
「そ、そんな口にするのも憚れるほど、き、嫌われて……っ!?」
「いやっ、違くて! あの、百合宮さんってあの百合宮家のご令嬢、ですよね?」
「そうですけど、それが何か……?」
私は百合宮 花蓮。それ以外の何者でもない。
「クラスの皆だけじゃなくって、多分他のクラスでもそうなんですけど。クラスの所属名簿が送られてきた時、皆驚いたと思うんです。何で百合宮家のご令嬢が、聖天学院じゃなくてただの私立の小学校にって」
「はぁ」
「僕らの家と比べるのも恐れ多いほど、百合宮家は雲の上の向こう側。だから話し掛けるのも恐れ多いというか」
「はぁ」
「それに、あの……。こうなったら言っちゃうけど、噂されてるから」
「はぁ。どんな噂なんですか?」
ぐっと口元を引き結び、何やら覚悟を決めたらしいたっくんはこう言った。
「百合宮のご令嬢が催会に出席せず姿を見せないのは、出席する価値もないって見下しているからだって」
「はぁ。…………はああああああぁぁっ!?」




