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Episode2-2 お兄様との交流

「お、お兄様ごらんになって! 花があんなに綺麗に咲いております!」


 拭いきれない腹黒疑惑をこれ以上肥大させたくなくて窓から見える庭を指差すと、お兄様はクスクス笑いながら同じ所に視線を向けた。


「あぁ本当だ。ねぇ花蓮、あの花の名前わかる?」

「分かりますよ。チューべローズです!」

「ふふ、正解」


 指差された一角に咲く白い花の名前を、前世の知識を引っ張り出して自信満々に答えると、キラキラしい笑顔で頷いたお兄様。


「なら花言葉は知ってる?」

「いえ、そこまでは……」

「そう」


 流石に花言葉までは知らず首を横に振ると、お兄様はそのキラキラしい笑顔を深めた。


「さぁ、外に出て他の花も見に行こう」

「はいお兄様」


 ……最後のキラキラ笑顔は何だか引っ掛かるな。あとで調べてみよう。


 外に出た私達は早速庭に咲く花を見に足を向けた。


「わぁっ、綺麗……!」


 今の季節は春先で、庭師が丹精込めて世話をしている色とりどりの花が見事に咲き誇っている。

 前世の時から花は大好きで、一時間でも二時間でも見るには飽きないほど。

 早速掛けていこうとして二歩も行かない内に足が進まなくなる。


「こら花蓮。走らない約束は?」

「あっ」


 そうだった。

 お兄様にしっかりと握られた手が掲げられ、まるで現行犯逮捕された犯人のようだ。


「本当に、いつから花蓮はこんなに活発な子になったんだか。それでおでこにこぶを作ったの、忘れたわけじゃないよね」

「ご、ごめんなさい」


 軽く注意されてシュンと落ち込むと、お兄様は仕方がないなぁというように笑った。


「まぁ気をつけようね。元気なのは悪いことではないし、どちらかというと今の花蓮の方が僕は好きだよ」

「えっ」


 驚いてお兄様を見たが、彼は既に先の花へと視線を向けている。

 その横顔はすっきりと整っていて大好きな花と同様、何時間でも見飽きない自信があるが、今はそっと奏多から視線を外し自分の靴先を見つめた。

 

 地面に顔面ダイブした日。

 まだ前世を思い出していなかったあの日は、文句一つ我儘一つこぼさず言われるがまま両親の望む淑女として頑張るご褒美に、お兄様が初めて誘ってくれた外出の日だった。


『連れて行ってあげるけど、どう?』

『嬉しいです、お兄様。ぜひに』


 理想の淑女像通りに言葉を返した私に両親、特に母は満足そうに頷いており、色よい返事に兄も『よかった』と言ったが、前世を思い出す前の私は6歳児ながらに気づいていた。


 兄の目が笑っていないことに。

 兄もまた、“百合宮家の長男”としての振る舞いをしたのだと。


 何でもそつなくこなす兄は花蓮の憧れで密かに慕っていたのだが、それが兄の本心からの言葉ではないと知った時、全身から血の気が引くような気がした。

 まさか、自分も兄の目からはそのように見えているのかと。


 だから運転手が同じ空間にいたとはいえ、花蓮は隣に座る兄の存在にとても緊張していた。

 “百合宮家の長男”として誘ってくれた兄に対して、自分もまた“百合宮家の長女”として応えなくてはと、無意識に肩肘かたひじが張っていた。


 その時だ、運転手の「もうすぐ到着しますよ」の言葉で、窓の外に顔を向けたのは。


 咲き誇る、無垢で純粋な美しい花たち。


 あの時花蓮はどうしようもなく、目の前の花たちに焦がれていた。全てを放りだしたかった。だから着いた瞬間にドアを開けて、思いっきり走ったのだ。


 他でもない“百合宮 奏多”に、“百合宮 花蓮”を見て欲しくて。

 走って、走って、そして。


「お兄様」

「なに?」

「……私、あの時こけて良かったです」


きょとんと目を丸くするお兄様に、私は悪戯が成功したかのように笑った。


「こけて良かったって、何それ」

「えへへ~秘密です~」

「何だよ、変な花蓮だなぁ」


 可笑しそうに笑うお兄様。

 その豊かな表情には、“百合宮家の長男”としての仮面は張りついていない。


 私は目尻に少し涙が滲んだのを誤魔化すように、お兄様の腕を引っ張って花園へと一緒に歩いて行った。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 就寝する時刻二十一時。


 百合宮家の邸宅は、誰かさんが残した疑惑のキラキラ笑顔の意味を究明した人物による、ここ最近では恒例と化した大きな叫び声に見舞われていた。

 手に持った花言葉辞典を片手に、顔を真っ赤にして涙目で叫び声を上げる。


「お、おおおおおおお兄様の破廉恥ぃーーっ!!!! 何で小学生がこんなの知っているのーーっ!!??」



――その頃の夫婦の寝室では。


「……貴方、また花蓮ちゃんが叫んでいるわ! どうしましょう、またあの子の淑女への道が遠くなっていくわぁぁぁーーっ!!」

「落ち着きなさい。何か君を見ていると、花蓮の叫び癖は君譲りだってことが身にしみて分かったよ」

「……え?」



――その頃の長男の部屋では。


「ぶっくくくっ! すっかりからかいがいのある子になっちゃって。でも叫んでるってことはあの花言葉の意味を解っているってことだよね。……一体誰だろうねぇ、僕の花蓮に変なことを理解させた奴は」



――その頃のお手伝いさん住み込み部屋(女性のみ)では。


「今日もお嬢様が叫ばれていますよ」

「そうですね」

「……平和ですねぇ」

「……平和ですなぁ」



 そして百合宮家の一日は、本日も何事もなく終了したのだった。


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