Episode183-3 海棠鳳⑫―忍の衝撃―
バッと二人して顔を向けたら、扉を開けた春日井くんがそこにいた!!
考え事と辿り着いてしまったまさかの衝撃で全然気づかなかった!
今まで堂々と彼と向かい合っていた麗花が、初めて自分の背に隠れたのだが!? ……喋る気配がない!!
「……何故ここにいると」
仕方なく自分が対応すれば、中に入ってきた彼が苦笑して答える。
「いや、薔之院さんのように目立つ生徒に付いてこられたら、普通気づくと思うよ? 尼海堂くんだけだったら多分気づかなかったけど」
言われ、長年一緒にいることでそれを見落としていたことに気づいてももう遅い。
「尾行に気付いていたのに、話を?」
「今回のことは、僕も色々と思うところがあったんだよ。先延ばしにはできないと思ったし。……薔之院さん」
……掴まれている袖に力が入ってきた!
「今更だと思う。けど、あれが僕の君に対する答えだ。……もう覚えていないかもしれないけど、あの時あんなことを言って、ごめん。余計なお世話だったかもしれないけど、それでも。――それでも、僕があの時、君を傷つけてしまったことは事実だから。許してほしいとは言わない。これはただの僕の自己満足だから。……本当は、こんなことを面と向かって言うつもりもなかったんだけど」
「……本当に、今更ですわね」
「本当にね。何も見えていなかった僕が悪かった。見えるようになったのは彼女と、君のおかげだ。――ずっと、変わらないでいてくれてありがとう。薔之院さん」
麗花からの返答はない。
自分の背から顔も出さない、らしくない彼女に再び苦笑して、春日井くんは次に自分を見た。
「本当に仲が良いよね。まさか途中で、室内ローファーを脱がせるとは思わなかった」
いや、放課後で人気がなくなるのにカツカツ鳴るローファーなんて、尾行には最悪だし。
指摘したらえって顔はされたが、背に腹は代えられなかったようで麗花は素直に脱いだ。あ、いまコソコソ履き直しているな。
「あと尼海堂くんには陽翔が迷わ……世話になっているようで、それもごめん。色々と助言して本人に任せた行き先が、何か一つに集約されたみたいで」
その集約先が自分だと? ……好きな人の情報収集と、人とのコミュニケーションが自分で賄えると!? とんだ迷惑!!
「引きt」
「でも尼海堂くんさえ良ければ、付き合ってあげてほしい。陽翔も成長しようとしているから」
あれ? もしかしていま意図的に遮られた?
……何だ!? 春日井くんのキラキラ笑顔から圧を感じるぞ!?
「……親交行事中、緋凰さまと仲が良さそうでしたわ」
どうしてここでそんな発言をボソッとする!
仲良くはなかっただろ! 緋凰くんが自分にグイグイ来ていただけだぞ!?
何だこれ。あれか? 前門の虎、後門の狼ってやつなのか……!?
「………………承知、した」
「ありがとう。よろしくね?」
四家の御曹司からの頼み事に屈したとかじゃない。微笑みの圧が、何か百合宮先輩を思い起こさせたからとかでもない。
緋凰くんにはもう引き返せないところまで関わってしまっているしな。うん、仕方がないよな……はは。
「じゃあ僕はこれで。またね、尼海堂くん。……薔之院さん」
「気を付けて」
「…………ごきげんよう」
顔は出さないが、辛うじて挨拶は返した。
そんな麗花の様子には小さく微笑んで、そうして彼は教室から出て行った。
……自分と四家の御曹司との関係を整理する。
秋苑寺くんとは友達。白鴎くんもその関係か、以前より話す頻度は増えた。緋凰くんは言わずもがな。
その中で春日井くんだけが距離が遠かった。いやほとんどの生徒とは遠いが、何気に彼らと関わり合う中に限っての話である。
男子にもフェミニストで物腰柔らかで、四家の御曹司の中では一番話しやすい人物だと…………そう、思うのだが。
――自分は一度、彼から敵意のようなものを感じたことがある。麗花と手を繋いで一緒にお茶を交換しに行った、あの時。
あれ以来彼からは自分に対しての何かを感じたことはなかったが、その件が引っ掛かって微妙に避ける傾向にあった。
そして麗花は未だに自分の背に引っ付いていると。
「……麗花」
「……だって。こんな顔、見せられませんもの……」
目が遠くなる。
本当に大変なことになった。どうするんだこれ。春日井くん、ストレートな物言いだったな……。
恋愛とか自分には守備範囲外、三角関係ってなに、そういう方面に強いらしいヤツから今度は自分が情報収集しなければ。
そんなことを遠い目を継続しながらつらつらと考えていたら。
「忍」
呼ばれたので見れば真っ赤ではなくなったものの、その頬はまだ薄らと赤く。
「実は私、――――――と思っておりますの」
その発言に、つらつら考えていたものが止まった。
「ですから私、新田さまには距離を置くのが最善と思って突き放しましたの。そうなりましたら、暫くの間だけとなりますし。色々と考えて、けれど、それは今回のことが原因ではありませんの。決めるきっかけにはなりましたが」
「……」
「……新田さまから。春日井さまからあのように言われて、本当は嬉しかったんですの。決めたのに、気持ちが大きく揺らぐくらい。……けど、これだけはどうにも覆りませんわ」
そうして、どこか不安そうな目で見つめられる。
「忍はずっと、動いてくれておりましたわ。私に関わっていることであれば、ずっと」
その通りだ。
麗花の笑顔を守りたくて。泣くのを見たくなくて。
――――友達として、彼女を助けたいと
「私も貴方も最初は一人でしたけれど。私にも貴方にも、いつの間にか周りに人がいるようになりましたわ。そして忍。私以外に……いえ、私以上に守りたい人ができましたわよね?」
突きつけられる問い。
瞬間、脳裏に浮かんだ姿は――……。
「わかりますわ。私達、こうして六年もずっと一緒におりましたのよ? 貴方が誰を気にしているのかなんて、お友達の私には一目瞭然でしてよ! ――大丈夫ですわ」
掴まれていた袖がそっと離される。
「言いましたでしょう、私は守られるばかりの弱い人間ではなくてよ! 強く、強くなって惑わされずに立ち向かいますわ!! また何かあれば今度こそ、私の手で彼女と決着をつけます!! ですから……っ」
……どうして“それ”が不安なのか。
口にして伝えてきている言葉は、全て偽りのない本心だろう。
麗花自身が言っていたじゃないか。六年もずっと一緒にいたって。
自分たちは、変わらずに。
「……ずっと私と、お友達でいて下さる……?」
不安そうで、眉を下げて。目尻に薄らと涙が滲んでいる。
変わらない。けど、変わるものもある。
彼女に関しては、自分の想いは変わらない。
もっと自信を持ったら良いのに。
と、そこまで思ってハッとした。
――あぁ、そうだった
――麗花はいつも自分の時だけ、自信がなさそうにしていた
そう思い出し、つい我慢しきれずに声に出して笑ってしまった。あまりにも変わらなさ過ぎて。
そう、いつも。自分と麗花では、いつも麗花の方が先だった。
話し掛けるのも。友達になってほしいと願ってきたのも。
そんな自分を見て目を丸くする彼女に、自分は――……。
『海棠鳳編』の本編交互視点進行はここまでです。
次は"彼女"の視点でまとめに入っていきます!




