Episode16-2 義務教育の始まり
疑問を頭に浮かべながらも微笑みはそのままに、入学式が始まった。
校長先生やら生徒代表の在校生が挨拶を行っていく中で、こっそり視線だけを動かして観察するが、新入生ながら不謹慎にも眠りに旅立つ生徒は誰もいないようだ。
さすが富裕中堅層の家格の生徒のほとんどで占める私立の学校。やはり中小企業の子女たちは、それなりに教育がされているらしかった。
周りにいたらそれに便乗して私も旅立ちたかったのだが、ここは我慢するしかないらしい。
と、ここで何故か朝のお兄様のお言葉が頭に浮かんできた。
『じゃ、花蓮。入学式では大人しくね。くれぐれも悪目立ちして注目されないようにね』
……はい、お兄様。
百合宮の長女は、入学式に居眠りなんてしませんよ!
目をカッと広げ、背筋をぐっと伸ばして壇上で挨拶を続けている何者かの話を聞く。
てか今喋っているのって誰だっけ、あぁそうだ教育委員会のちょっと偉い人だった。
話長いわ~どこの学校も話長いの一緒か~と思いながら終わるのを待っていると、ようやくお偉いさんの長ったらしい挨拶が終わったらしく、進行役の代表生徒が入学式の終了を告げる。
『これで第三十六回、私立清泉小学校の入学式を終了します。生徒の皆さんは担任の先生の後に着いてクラスへと向かって下さい。保護者の方はこのまま校長先生から少し説明がありますので、席に着いたままお待ち下さい』
ほうほう、まずは生徒のクラス移動か。
私のクラスの担任ってどんな先生かな?
ドキドキしながら待っていると、Bクラスに近づいてきたのは身長の高い若い男性だった。
「皆、俺がBクラスの担任の先生だ! 取りあえず自己紹介は教室でするとして、まずは移動だ。相田から順に列を乱さず一緒に来てくれ!」
そう元気にニカッと笑って言った先生は、Bクラスの出席番号の初めである相田さんに合図して、私達を教室まで導いていく。
まだ先生としての経験は浅そうなその態度と、どこか少年ぽさの残る笑顔とその声の気安さから、緊張を感じていた生徒達の表情はホッとしたものに変化していた。
そうして連れて行かれた教室は講堂からそう離れてはおらず、校舎二階のフロアに一年生の教室が設置されているようである。学年が上がるほどに上に上がっていく仕組みなのだろう。
教室に入って机の上に置いてある自身の名札のある机に順に着席していけば、やはり五十音順の最後の方である私は窓際の後ろの席だった。
前後とも男の子で、右側が女の子。
う~、早くお話したいっ!
「よし、皆席に着いたな。さっきも言ったが、俺はこれから三年間君たちと一緒に学校生活を送る、担任の五十嵐 渉だ。皆よろしくな!」
「はいっ、先生!」
五十嵐担任の威勢に釣られて、一人の男子生徒が元気な声で返事をした。
ハッとした男子が頬を赤くして恥ずかしそうに頭をかくのを見て、生徒達は楽しそうにクスクスと笑う。
私の見解からするとあの男子はきっと、クラスのお調子者になるだろうと見た。
「元気が良いのはとても良いことだぞ! 皆も挨拶されたら、彼のように元気良く返事をするように!」
すっかり緩くなった空気の中でそのほとんどが、「はい、先生!」と返事をする。
うーむ、この担任やりおるわ。子供の掴みバッチリだ。
「今日は挨拶と自己紹介だけで終わりだ。けど親御さんたちとちょっとお話することがあるから、親御さんと一緒に帰る生徒は大人しく待っておくようにな。じゃ、早速自己紹介を始めていこうか」
トップバッターに指名されたのは、廊下側の一番前の席に座っている相田さんから。
「はじめまして。相田 翠です。クラス皆で仲良くしていきたいです。よろしくお願いします」
最初なのにしっかりハキハキと話すその様子は、何だか前世の中学校でクラス委員長をしていた女子の姿と重なった。
彼女のことは密かに委員長と、心のニックネームをつけさせて頂こう。
前から後ろへ、列を移って後ろから前へと自己紹介が進む中、元気に話す生徒もいるし、大人しそうな子は恥ずかしそうに俯きながらする子もいる。
そうだよね~。
私も前世の時は恥ずかしかったなぁ。
しみじみ感じ入りながら紹介を聞いていると、先程一人だけ五十嵐担任に返事をした男子の番がやってきた。
「初めまして! 俺は太刀川 新! サッカーが好きなので、皆で一緒にサッカーしたいです! よろしく!!」
男子の中では一番大きな声で自己紹介した彼は、言いきったとばかりに満足げな表情で着席する。それをホワンと見つめている、女子多数。
太刀川少年はサッカー少年で物怖じしない性格にありがちな、かなり顔が整っている系の男子である。少女漫画の配役で言うと、正統派ヒーローもしくは当て馬。
……ここは乙女ゲームの世界でヒーローもいることだし、彼は当て馬ポジだな。でも当て馬は失礼過ぎるし、となると恋愛要素を盛り上げる裏方のエース……そう、裏エースと呼ばせて頂こう。
そんなこんなで私の前の席の男子、名札をチラ見して知ったその名も。
「僕の名前は柚子島 拓也です。本を読むのが好きなので、面白い本を知っていたらぜひ教えてほしいです」
柚子島 たっくん。
特徴的なマッシュルームヘアに、黒縁眼鏡をかけた如何にもなインドア系少年。
彼は色々心のニックネームをつけたいところだが、ここは敢えての柚子島たっくんでいいだろう。
そして遂に私の番がやってきた。
柚子島たっくんが椅子に座ったと同時に、そっと席を立ち上がる。
お母様直伝・淑女の微笑みを携え、いざ参る!
「皆さま初めまして。私、百合宮 花蓮と申します。至らぬこともあるかと思いますが、どうぞ、よろしくお願いします」
子供相手なので堅苦しいおじぎはなしだ。
しかし、ここで異変が起きた。
パチパチパチパチパチ!!
何故か私の自己紹介が終わった途端、生徒のほとんどが拍手し出した。
え、何これ何の拍手? 何で私の時だけ拍手??
普通の挨拶だったよね???
頭の中に盛大に疑問符が沸き出たが、表情に出さず微笑んだまま静かに着席した。
最後の男子の紹介も滞りなく終わったが、私の時のような拍手はなかった。
超解せぬ。




