Episode175-2 海棠鳳④―忍の拘束―
緋凰くんから自分に話など、最早麗花に関しての何かしらしか心当たりがない。
会話する時はハッキリ言う彼が口籠って、チラチラ自分を見てくるような状況になんか陥りたくなかった。
『緋凰くん。あんだけ薔之院さん見てんのに、肝心の見られている本人が全っ然気づいてないの、どうなの? まあ俺がああやって迫ってもアレだったから、普通に鈍感なのかなとは思うけどさぁ。友達としては矢印向けられている恋の手助けとかも、した方がいいと思う?』
あの時は衝撃で完全に思考が停止したが、後からなるほど、視線を感じたのはそういう理由だったのかと納得した。確かに彼等は一、二年の頃は同じクラスだったし、緋凰くん、その頃から麗花のことを好きだったようだ。
と秋苑寺くんからは後、続けてもう一つ聞かれた。
『忍くんはさ。そーいう恋愛って意味では薔之院さんのこと、どうなの?』
純粋な疑問として聞かれたそれに対し思ったのは――――恋愛とは何ぞや?である。
確かに麗花は可愛いし不整脈を起こすこともあるが、泣くのを見たくないし守りたいとも思うが、それが恋愛の感情から来るものかと聞かれると……違うような気がする。
人間観察をしていると、そういう感情を芽生えさせている生徒に見られる特徴が分かる。
・頬が赤くなる。
・挙動不審になる。
・思ったことと違うことを言って落ち込むことがたまに起こる。
・何か触りたそうにしている。
上記列挙したことで、自分が麗花に対して当て嵌まっている項目はないように思う。
最初の二つは友達成り立ての頃はあったかもしれないが、五年も経てば麗花という存在に慣れて、普通に友達だと思っている。
『……麗花と自分は友達。秋苑寺くんと同じ』
耳にした彼はおかしそうに、『でも俺はまだ(仮)だけどねー』と笑っていた。と、いうか。
「尼海堂はしょ、薔之院とよくいるが、す、好き、だったりするのか」
何なんだろうか。秋苑寺くんにも、こうして緋凰くんからも聞かれるほど自分はそう見えているのか。
自分は頬が赤くも挙動不審にも、残り二つに関してもそういうの、今は麗花にしていない筈だが。
それに何かイメージ違う。普段の緋凰くんのイメージだと、堂々と「お前のことが好きだ!」とか面と向かって言いそうなのに。取り敢えず返事しよう。
「……友達として好き。恋愛ではない」
「本当か」
本当です。何で疑われる。
「友達は友達。むしろそれは緋凰くんのh」
「き! になって、いる、だけ、だ」
「……」
言葉がだんだん尻すぼみになっていく緋凰くんの耳は、真っ赤である。
絶対好きだよな。間違いなく。察した。
どうするべきか。緋凰くんも完全に麗花の味方のようだし、もう彼の不死鳥親衛隊引きつれて赤薔薇親衛隊に入隊したら、もう城山なんて一気に吹き飛ばせるのでは?
……あ、麗花側が分からないな。秋苑寺くんはボロカスだが、緋凰くんのことはどう思っているのか全く分からない。話出ないし。
本当にどうするべきか。緋凰くんが自分に聞きたいのはそれだけなのか。一旦帰っていいだろうか。
「……一年の頃から、気になってた。他のヤツと違って自分持っててしっかりしてるし、はっきりしてて」
ダメっぽい。
続きそうなので大人しく話を聞く。
「ずっと今まで目で追っていても、アイツちっとも俺のこと気づかねぇし。ずっと尼海堂のことばっか見て話しているからお前のこと、好きなんじゃないかって思ったりしていて」
違うな。話相手が自分と秋苑寺くんしかいないからそうなっているだけだ。ん?
「秋苑寺くんも話している」
「秋苑寺はいつもボロカス言われているだろ。アイツは気にならない」
秋苑寺くん……。
彼のことを思って哀愁を感じていたら、真剣な眼差しで見つめられる。
「俺は変わろうと思っている」
「……」
「夕紀と亀……知り合いに言われた。俺は圧倒的に人とのコミュニケーションが足りていないと。女子どころか男子ともあんま話さないし、そんなんじゃ薔之院とも会話が続く訳がねぇ。親衛隊のヤツらにも、ファヴォリが近くにいたら女子でも離れてくれと言った」
「……」
「薔之院のこと、お前がそういう意味で好きじゃないなら、その。協力、してもらいたい」
話がヤバい方向行き出した。
考えることが多いとその分何かを取り零す!
自分は城山の監視と秋苑寺くんのお守と、赤薔薇親衛隊の暴走阻止だけで手一杯だ! 緋凰くんの面倒まで見きれないぞ!!
「……春日井く」
「夕紀はダメだ。俺は何でもできるんだから頑張ったらできるよって言って、突き放された。アイツは俺にはちょっと厳しいヤツなんだ」
春日井くん何でだ!
女子にフェミニストで男子にも優しいのに! 麗花とよく一緒にいる自分にお鉢が回った! というか仲良い幼馴染にそう言われたんだったら、自分で頑張って! 何とか断れる逃げみt「尼海堂」
「薔之院の友人であるお前だから頼みたい。薔之院とよく話をするお前と話していれば、自ずと薔之院との会話の内容も模索できる筈だ。どんな内容、返答の仕方及びタイミング他の傾向が読み取れると、俺は考えている」
マジか。緋凰くんデータ収集反映派だった。感情直球のイメージだったのに。
え、待ってくれ。いまお願いされているのって、麗花に見立てた自分との会話練習……?
「……」
潰さなければ! 何としてでも断り潰さなければ!!
去年と同じで何で今!? 同時期に色んなことが一気に重なるの何でだ!? もうちょっと時期ズレていてくれ、頼むから!!
ダラダラ冷や汗を流しながら、何とか切り抜けようと膝に置いている手をグッと握り締める。
「……場所は」
「教室で頼みたい」
「人が」
「親衛隊のヤツらには言ってある。クラスメートが居なくなるまで待つ」
「忙しいの」
「俺は問題ない。尼海堂もいつもサロンに行っているから暇だろ」
くっそ潰し返される! 全部言い切る前に先手打たれる!
そもそも四家の御曹司からの頼み事とか普通断れないだろ、とか生徒常識を考えるな!
圧倒的敗北を抱きつつ真正面を見て、年々その凛々しさを増す野性味のある美しい顔が自分を見つめ返している。強い眼差しに、決して退かないという意志を感じ取る。
自分を以ってしても彼の放つ圧倒的なオーラに押され、お断りの意志を捻じ伏せられてしまった。……まだまだ自分は修行が足りない!!
「……承知、した」
「そうか!」
苦渋の返答だったにも関わらず、緋凰くんは喜色を顕わに顔を輝かせた。
ただでさえ直視しにくい整い過ぎの顔立ちをしているのに、これ以上顔を光らせないでくれ頼むから。
初めて間近で彼の顔を見ることになったが、オーラと相まって長時間見続けられる顔じゃない。白鴎くんも白鴎くんでヤバいが、緋凰くんもヤバかった。それを考えれば親衛隊すごいな!
――この日を境に、自分は緋凰くんに拘束される時間が発生する。
それは即ち、他のことに目を向けられないということ。
自分の目が逸れているその隙に悪意は確実に麗花へと近づき、絡め取ろうとしていた。
はっきりとそれが突きつけられるのは、親交行事当日。
守れると思っていた。遠ざければ泣くことは、傷つくことはないと思っていた。そのために、だから動いたのに。
甘く見ていた。やらかしじゃ済まない。
まさか自分の守ろうとして起こした行動が――――巡り巡って結果彼女を傷つけることになるなんて、思わなかったのだ。




