Episode173-2 海棠鳳②―忍の不安―
どう誤解を解こうか思考を働かせるも答えを出す前に、ビシィッと指を突きつけられた。
「貴方がどういうお考えで薔之院さまのお隣に侍っているのか知りませんけど! 気高き真紅の赤薔薇である薔之院さまを侵食しようとしている数多の害虫は、この私、中條 結衣と新田 萌さんで駆除します! そう……この赤薔薇親衛隊が!!」
「あ! 中條さま、それ人前で言わないお約束でしたのに!」
「あっ、ごめんなさい。つい気が高ぶってしまって」
新田さんが中條の袖を引いて文句を言い、ファヴォリである中條が彼女に対してシュンとする。
一般学生とファヴォリの関係においては珍しい光景である。いつの間に仲良くなったんだこの二人。
そして何やら変な組織が設立されている。何だ赤薔薇親衛隊って。思わず緋凰くんが頭を過ぎったぞ。
……しかしながら、拗らせてはいるが自分と彼女らの利害は一致していそうだ。
害虫と言い方はアレだが、最近の女子周辺のことを鑑みて、恐らくその言葉は城山たちを指している。自分も含まれていたらどうしようとか考えるな。
自分とこの二人との関係性は微妙だが、麗花のことを考えれば味方だと判断する。ただそう考えると、心配なのは。
「っ!?」
だから見ただけで飛び退くのは何故だ。
何も言ってないだろう。
「……新田さん、城山さんとは?」
「ひえっ。わた、私も城山さまには思うところがありまして! 薔之院さまの悪い噂なんて聞きたくありません! だからその、スパイというお役目を」
「スパイ?」
「ひえぇっ! 過去四家の皆様をお守りできなかった私ですけど、今度こそはと思っておりますううぅぅ!」
思わず眉間に皺が寄った。また何かいらん勘違いをしているようだが、そういう意味で言ったんじゃない。
トイレで水島さんの悪口を聞いたと言われて、信じ過ぎない方がいいとは言った。けれどその後も彼女は城山と当たり障りなく付き合っていた。仲が良いし長年の付き合いなら、たった一度のことではやはり彼女も迷ったのだろう。
だからこそスパイのようなことをして新田さん自身の気持ちは大丈夫なのかと、そう言う意味で言ったのだが。……多少は関わったからだろうか。
新田さんが傷つくことになるのも、何となく避けたい。麗花に対して好意的なのなら尚更。水島さんが、傷つけたくなくてずっと守っていた存在。
そのまま見つめていると何故か新田さんの顔が青褪めていき、「しし、失礼しますぅぅ!」と中條の手を引いて、慌てて背中を向けて去って行った。中條は「えっ? に、新田さん!?」とそのまま連れて行かれている。
「……」
果たして何と思われたのか。
新田さんの中で自分という存在が、得体の知れない未知なる存在と認識されているような気がしてならない。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
サロンへと入室して部屋の中を見渡す。
最初に視界に飛び込んでくるのは低学年のスペースで、珍しいことに百合宮家の次女がちょこんと一人で一人掛けソファに座っていた。
読書をしているようだが、ブックカバーが掛かっていて何を読んでいるのかは不明。……以前の麗花とのことが頭を過ぎったが、まさかな。
そしてそんな彼女をジィーッと見つめている生徒が一人いる。
いや、見ている人間は複数いるが、あんなに強い視線で見ているのはあの子だけだ。今日は兄の方は来ていないのかとそこで高学年の方を見たが、生憎と彼は来ていなかった。だが従兄弟はいる。
足を向けてそちらへ行くと、自分に気づいた秋苑寺くんがヒラヒラと手を振ってきた。
「忍くーん」
そこで何人かの低学年の生徒がハッとして自分を見た。認識されると他の人にも認識されやすくなる不思議。
近くまで来るとタシタシと隣を叩いて勧めてきたので、丁度自分も話があったので腰を降ろした。
「……白鴎くんは?」
「今日は例の日だからさっさと帰ったよ。だから暇人の俺がお姫ちゃんの護衛~」
なるほど。
因みに例の日というのは、文通の返信のある日だそう。白鴎くんが白鴎先輩に通知してくれとわざわざ頼んでいるらしい。楽しみの度合いが凄い。
再度視線を低学年の方へ向けて見るが、やはり彼女は百合宮の次女を見つめていた。
それは穴が空きそうな程で、それ故に彼女へ話し掛けたそうにしている子が話し掛けられないでいる。そんな自分の隣で苦笑の声が漏れた。
「気になるー? 何なんだろうねぇ。佳月兄も奏多さんと仲良くなってからメッチャ元気になったし、お姫ちゃんもミニ百合ちゃんがすっごく気になるみたいでさー」
「……呼び方」
「ん? あぁミニ百合ちゃん? あー……その方が親近感沸かなくない? あんまサロンとか来ないしさ。文字通り深窓のご令嬢だし」
慣れ慣れし過ぎないかと思ったが、彼も従兄妹のいる学年だからと考えているようだ。
こうして見ると、自分も秋苑寺くんも色々大変だなと思う。
「忍くんはさ、覚えてる?」
唐突に聞かれたことが不明であったので首を傾げると、目線は百合宮の次女へと向けられている。
「大多数の生徒は長女って思ってるけど、本当は違うこと」
自分がトラウマを負った出来事だ。覚えていない筈がない。
聖天学院に通っていない、百合宮家の本当の長女のこと。負傷していながらも、城山や周囲の聖天学院生を圧倒していた、あの。
「思うんだよね。もしあの子がこの学院にいたら、詩月も佳月兄やお姫ちゃんみたいな感じになったのかなってさ」
「……それは」
「考え過ぎだよねー。揃いも揃って百合宮家の人間が気になるなんて。有り得ないと思うよ俺も。それに少し話したけど、俺あの子の印象ってお地蔵さんだし」
お地蔵。待て、どこら辺が?
ん? え、どこら辺で??
同意できない印象を告げられて少し混乱するが、その時不意に百合宮の次女が本から顔を上げて、こちらを見て目をパチパチさせている。チラと隣を見たら彼も少しだけ驚いたようで、同じように目をパチパチさせていた。
そしてコテリと首を傾げて何か呟いたと思ったら、立ち上がってそのままサロンから退出して行った。
何なんだ。百合宮先輩も何を考えているか不明だが、彼女も不明だ。
「え。あれ? お姫ちゃん??」
疑問の呟きにまた視線を向けると、彼の従兄妹は何故か頬を染めていた。どうした。
ダメだ、もう色々不可思議なことが起き過ぎて自分ももう帰りたくなってきた。しかしまだ自分の伝えたいことを言っていないため、踏ん張って口を開く。
「……秋苑寺くん、気をつけてほしい」
それまで従兄妹の様子を見ていた視線が細まってこちらを向いた。口端も僅かに上がっている。
「本人の耳には入らないように?」
「別件。秋苑寺くんのクラスの、中條と新田さん」
告げた名前に彼の目が丸くなる。
「ん? うわ、意外な名前が忍くんの口から出た。待ってどういう関係? 何でその二人?」
「不安の塊。下手すると暴走する。自分一人では無理」
「何それどういうこと??」
「……ハァ」
あ、しまった思わず。
先人は来ていないかと見るが、今日は来ていない。少し安堵してそれを告げた。
「赤薔薇親衛隊」
「え?」
「その二人で結成されている」
「…………え?」
同じクラスなので、ぜひとも手綱を握ってくれ。
駆除の内訳に含まれていそうな自分では、無理だと思われる。




