Episode16-1 義務教育の始まり
フッフッフ。
遂に、遂にやってまいりました小学校の入学式!
私のこのテンションの高さからもお分かり頂けているであろうが、敢えて言おう!!
「ビバ! 私立清泉小学校への入学、おめでとう私!!」
自室のベッドの上でいつかのように飛び跳ねて、喜びを大いに表す。
聖天学院初等部ではなく、清泉小学校!
同じ私立ではあるものの、攻略対象と別の学校であることが、こんなにも私の人生に明るい光を照らしてくれる!!
「素晴らしい! 何て希望に満ち溢れた日でしょう!!」
「朝から喜んでるところ悪いけど、もう出る時間だよ」
バッと扉を見ると、苦笑してドアノブに手を掛けているお兄様がいらっしゃった。
「おはようございますお兄様! どうですか? 可笑しなところありません?」
「大丈夫だよ。可愛い可愛い」
何か適当に流されたような気がしないこともないが、今の私はそんな些細なことは気にしない寛大な気分なのだ。
第一希望の公立はやはり却下されたが、まぁある程度の中堅層の家格の子供が通うところだったら、ということで白羽の矢が立ったのが、その私立清泉小学校なのである。
制服も青いセーラーワンピースで、胸元の白いリボンがとっても可愛らしい。
「今日から私も小学生~♪ 友達百人でっきるっかな~♪」
あまりの気分の良さにそんな歌を口ずさんでいると、隣に並んで歩いているお兄様がクスクスと笑う。
「そんなに楽しみだったの?」
「もちろんですとも!」
何度でも言うが、攻略対象者がいないだけで私の小学校生活はとても明るいのさ!
手を繋いで嬉しさのあまりブンブンと大きく手を振りながら、お母様と運転手さんが待つ玄関口までやってくると、私達に気づいたお母様がフフッと笑った。
「あらまぁ、何て仲良しな兄妹なのかしら。ねぇ、坂巻さん」
「はい奥様。本当に仲の良いご兄妹でいらっしゃって、とても微笑ましいですねぇ」
お母様と笑い合う運転手さんの坂巻さんは、実は私のあの顔面ダイブ事件の現場に連れていってくれた、あの運転手さんだ。その節はご心配をお掛けしてすみませんでした。
「今日は坂巻さんが一緒に行ってくださるんですか?」
「はい。スクールバスのバス停までですが、よろしくお願いしますね。花蓮お嬢さま」
「こちらこそよろしくお願いします!」
坂巻さんは運転がとても丁寧で優しいので、お母様もお気に入りの運転手さんなのだ。
「じゃ、花蓮。入学式では大人しくね。くれぐれも悪目立ちして注目されないようにね」
「お兄様。私、そんな騒がしい子供ではありませんよ。百合宮の長女として、立派に務めて参ります!」
鼻息をフンスと鳴らし、キリッとする私にお兄様がにっこりと笑う。
……その笑い方、何か信用されていないような気がするぞ。
お兄様もこれから聖天学院へ別の車で登校するので、ここでお別れになる。
「お兄様、帰ったら私のお話を聞いてくださいね。約束ですよ」
「うん、わかったよ。じゃあ母さん、花蓮、行ってきます。坂巻さん、妹をよろしくお願いします」
「はい、奏多坊ちゃま」
そう言って私達が乗る車の隣にあった車に乗り込んだお兄様は、一足先に学校へと登校していった。
「それじゃ、私達もそろそろ行きましょうか」
「はい、お母様!」
坂巻さんにドアを開けてもらい、お母様と一緒に後部座席に乗った私は、「それにしても、」と口にするお母様の言葉にん? と顔を向ける。
「残念ね、花蓮ちゃん。お父様が一緒に入学式に参加できないだなんて」
「でもどうしても取り止められない出張が入ってしまったのでしょう? だったら仕方ありません」
昨夜のことだ。
皆で揃って夕食を囲んでいた時、お父様に秘書の菅山さんから、取引先の社長さんとの出張会合の日取りに変更があったと連絡が入ったのだ。
私の入学式に参列する気満々だったお父様は何とかならないかと文句を言っていたが、大事な会合らしくどうしてもその日でないと相手側も難しいとのこと。
こうしてお父様は、朝早くから泣く泣く出張へと出掛けていったのだ。
うん、それはしょうがない。ドンマイお父様。入学式だけが学校行事ではない。
「今日は挨拶と、クラスの紹介だけで終わりなんですよね?」
「そうよ。花蓮ちゃんはそれで終わりだけど、お母様は担任の先生とお話があるから、終わるまで少し待っていてちょうだいね」
「わかりました」
坂巻さんはスクールバスまでと言ったが、それは明日からの話で新入生は今日のみ、学校まで直接車で登校してもいいことになっている。
学校で貰う荷物とかもあるし、持って帰るの大変だもんね。
そうして相変わらずの丁寧な運転さばきで学校に到着した私とお母様は、駐車場から入学式の会場となる講堂へと向かう。
既に外にはチラホラと、私と同じ新入生の子供と親御さんがいた。
へぇ~。男子の制服は女子と同じセーラータイプだけど、ズボンが青と紺のチェック柄なんだ。オシャレさんだねぇ。
聖天学院ほどではないが私立の学校なので校舎も大きく、クリーム色の外壁がとても綺麗に、空の水色とケヤキの葉の緑色とマッチしている。
ここが、私が六年を過ごす場所――……。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
講堂内に入ると、既に結構席が埋まっていた。
お母様は後部の保護者席へ、私は自分の名が書かれた名札のある生徒席へと赴く。
生徒席は事前に学校側からクラスが明記された表が郵送されているので、どのクラスへの所属なのかは知っている。
私のクラスは1ーBなので、Bと書かれたプラカードのある場所へと向かって行けば、すぐに名札のある席を見つけた。
並びは五十音順だし私の苗字はや行なので、Bクラスの末尾から探せば何てことはない。丁度左右はまだ来ていないらしく、席が空いていたので避けてもらう必要もなくすぐに座れた。
「……」
まだ前の列の子達も来ていないらしく空いたまま。
キョロキョロと周りを見れば、私の周囲以外の席はほとんど埋まっている状態で、皆隣や前後で楽しそうにお喋りに興じている。
いいな~、私も誰かとお話したいな~。
誰か来ないかな~。
話し掛けられる距離に誰もいないので、話そうとしたら席を立って、話し掛けに行かなければならなくなる。
でも一旦座ったのに立ち上がるのも面倒だし、わざわざ向かって行って驚かせるのも忍びないし。それにお兄様にも大人しくしておけと、朝言われたし。
ここは黙って誰か来るまでじっとしておこうと決め、近づいて来やすいように微笑んで待機していれば、少しして講堂の壇上に最上級生と思われる生徒が上がってきた。
『これより入学式を執り行います。新入生の皆さんは、自分の名前が置いてある名札のある席に着席して下さい』
その呼び掛けに生徒達はすぐに席に着き始める。
ん? あれ、私の周りの席もすぐに埋まっていっているけど、皆来てたの? 何で座らなかったんだろう?




